ごみ収集車から降りて、ダストボックスの扉を開ける。ビニール袋に包まれたごみを車の後方へ放り込む。単純な作業だ。そして空いたままのダストボックスの扉の裏側についているUSBポートに入力用USBを差し込む。使い切りタイプの電子麻薬のデータがコピーされたことを確認してからUSBを抜いて扉を閉め、ゴミ収集車へと戻った。
「あんまりごみ収集をテキパキやるんじゃないぞ。不要な長居は怪しまれるからナア。」アイボーが言う疲れた様子だがいつもと変わらない。返事もせずにミラーを眺めていると、ダストボックスに人がいるのが見えた。「今日はやけに早いな、あんなに早いんじゃバレてしまう。」僕がつぶやくと、アイボーはバックミラーからそれを確認し、「ありゃあもう駄目だな。電子覚せい剤も効いてねえ。合併戦争前のアナログ厨だ。」と白いところが増えたひげを触りながらアイボーが答えた。
合併戦争。EU連合と米帝が合併する契機となった戦争だ。何年前のことかわからないが、まだ戦争に人が使われていた時代だから僕が生まれる前のことなのは確かだ。「そういやミロ、おまえ道徳マスキングって知ってるか?」アイボーは収集車を走らせながら言う。「道徳マスキング?学校の科目かなにかか?」16になっても学校に行くことのできていない僕は聞き返した。アイボーはため息をついてから答えた。「いやァ、こっちの話さ。合併戦争でE2U2ができるとき、日本がヤマト自治国としてユーラシアで唯一自治権を獲得できた本当の理由サ。」声のトーンを落とし、陰謀論を語るように胡散臭い声で続ける。「戦争に行く兵隊さんがよ、PTSDに悩まないように作り出された技術なんだが、ある条件下において人の道徳心を抑制するのさ。どれだけ残虐なことをしても全くの罪悪感にさいなむことなく、寝てしまえばケロっと忘れて日常生活に戻ることができるってもんだ。」カーブに差し掛かる直前でダストボックス前にいた老人がうずくまっているのがミラー越しに映っていた。「あれはマスキングを受ける前からやってたクチだ。もともと中毒患者だった奴はマスキングの効きが悪いらしくてな。本来マスキングした兵隊さんは自分の死や愛する者の死すら恐れなかったらしく、戦後はあんな風に電子麻薬に頼る必要もねえのサ。」今日はやけにしゃべるな。40代ぐらいのこのアイボーとはそれなりに長く仕事をしているが、いつにもましてそわそわしている気がする。初対面でいきなり「俺のことは相棒と呼べやナ」と手を突き出してきた時、こいつとは短い付き合いになるだろうと思ったが最近はこんな微細な感情の変化にすら気付けるようになってしまった。「へえ、そりゃ苦労なことだ。まあ、おかげで俺たちは稼げてるわけだが。」と答えると、アイボーはひげをさすりながら「その道徳マスキングがよ、今朝上から聞いた情報なんだが、その方法が流出したらしいのさ。」アイボーはまたひげをいじりながら、ため息をつき、ゆっくりと切り出した。「ミロよお、おめえそれ受けねえか。」 何を言い出すのか。「それ受けたらよ、今よりいい給料の仕事がもらえんだ。そしたらおめえの学費もまかなえるようになるんじゃねえか?」なるほど。しかし、残虐なことを知らず知らずのうち行えるような怪物になるマスキングなど正直気が引ける。「やだよ、それって今よりあぶねえってことだろ。お金があっても命がねんじゃ仕方ねえからな。」そうだ、今の稼ぎでも来年には一年分の学費がたまる。学校に活きながらその次の分の学費をためていけばわざわざ危ない橋を渡る必要もない。「そうかア。俺はもう長くねえからよ。おめえにはまともな教育を受けてほしくてなア。」ごみ処理場でさっき集めたごみを捨てて、洗車作業をして今日の業務は終了だ。「お疲れさんアイボー」そういって服を着替え、昼からのバイト先のレストランへ向かった。
次の朝もまたごみ収集から始まる。体が痛い。「おはよう。ミロ」アイボーが大きな声でいう。「おはようさん、アイボー」いつもと変わらない朝だ。「お前昨日の夜何してた?」
僕がシートベルトを付けたことを確認してから、アイボーは切り出した。「何だよ急に、プライベートに踏み込むなんて。」
「いやア、昨日別のところで襲撃があったらしくてな、今日は電子麻薬の配達はなしだ。」
そういって最初のダストボックスの前に止まり、僕はごみを回収した。いつもの癖でUSBを探してポケットをまさぐってしまった。
車に戻るとアイボーはつづけた「んでな、どうやらそれがマスキングを受けた青少年ゲリラだったんだよ。」深くため息をついていた。「そいつらが今、ボスの命令で捕まえられて拷問を受けるらしいんだが、どうやら普通のティーンエージャーだっていうじゃねえか。普通じゃねえのはアッパー系の電子麻薬で遊ぶためにこの世界に踏み入れちまったことだな。全く馬鹿なもんだ。ミロ、昨日はあんなこと勧めちまったがやっぱマスキングはダメかもしんねえ。地道に稼ごうや。」
普通の子供が麻薬中毒になって、手軽なマスキングに手を出した、、、馬鹿な話だ。恵まれた環境を自分から壊した奴らが拷問されるのは愉快だが、同時に不愉快でもあった。
カーブでミラーに映る老人は、地面に突っ伏していた。爆弾が降り注ぐ大地が脳裏をよぎり僕はぞっとした。
