旋風

 まだスマートフォンやテレビなんかに人々が支配されていなかった時代。民衆の心を掴んでいたのは、タップダンスバトルだった。

 何万人にも及ぶ観客がこの日のためにコロッセオに駆けつけていた。彼らの血走った目の先にいるのは、2名のタップダンサーだ。

山本・ジョン・舞太郎と、ビリー・ザ・ステッパー。

山本はタップダンス界の王様という異名を持つスーパースターだ。そしてビリーは何を隠そう山本の一番弟子である。山本はビリーのタップネームを生意気だなんて言いつつも目をかけていたし、ビリーが繰り出す一タップ一タップには山本へのリスペクトが感じられた。

前代未聞の師弟対決は全国民の注目を浴びた。

3,2,1Go Tap!」

試合開始の合図とともに革靴が空を切る。タン、タン、タン。加速。タンタンタンタンタン。その激しいステップは、やがてコロッセオのアーチを吹き抜ける風となった。観客は目も開けていられないほどのタップウィンドに抗い、必死に歴史の目撃者になろうとした。

熱気溢れるコロッセオのなか、異変に気づいたのはビリーだけだった。

師匠のタップが速すぎる

山本の速タップに今更ビリーが怯えるはずもない。何か裏があるはずだ。ビリーは動揺しながらも、タップを止めることなく原因を突き止めようと必死に考える。

 消去法で残った、消したくても消せない唯一の選択肢。

ピンクアシステップダケ:通称タッパーキラー。毒キノコの一種。フラクタル構造を持つ。神経系に作用し一時的に脚の動きを早めるも、やがて毒が回り死に至る。“(タップダンス医学用語辞典第四版より引用)

「師匠、まさか……!」

「気づいたのか。さすが次世代No.1タップダンサーだ。」

「なんでタッパーキラーなんか食ったんだよ!」

「俺だって最初はこんなつもりじゃなかったさ……

こうしている間にも毒に侵されてゆく山本が静かに語り始める。年齢とともにタップが鈍っていく自分に対してどんどんスタータッパーの道を駆け上っていくビリーに、複雑ながらも嬉しく思っていたこと。しかし、思い通りのタップダンスを披露できない自分が日に日に許せなくなったこと……

 

 やがて山本のタップはキレを失っていった。毒がかなり回り始めたようだ。ビリーも動揺からか形だけのタップになってしまっていた。

観客が二人のやりとりを聞くにはコロッセオはあまりにも広大すぎたのだろう、彼らは呆然とふたりを眺めるほかなかった。

「お前との勝負なんだ。最後にどうしても格好つけたかったのさ……」そう言って山本は右脚を蹴り上げ、そのまま後方に倒れ込んだ。

それが、彼の起こした最後のタップウィンドだった。

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