「おまたせ」
「おー」
改札を出ると、いつものように少し先に着いて待っている亮平に声をかける。そしてそのまま二人で学校へと向かう。学校がある日の、いつもの登校の流れである。高2のこの時期、不真面目で帰宅部の俺たちは受験とも部活とも無縁だ。10月になって少しずつ肌寒さが出てきたなという程度で、いつもと何も変わらない穏やかな一日。亮平と他愛もない会話をしながらだらだらと歩く。
駅から校門まで約15分。いつもと同じように学校へ到着と言いたいところだが、今日の亮平は何だかいつもと様子が違うような。反応が鈍いというか。気力が無いというか。気のせいだろうか?胸に小さな違和感を抱えつつ下駄箱へと歩いていると、ふと掲示板に貼られた掲示に目が留まった。あぁ、そういえば今日だったな。
「『本日 生徒会選挙 投開票』だってさ。もう誰に入れるか決めた?」
知り合いが出てるわけでもないのですっかり忘れていたが、今日は後期生徒会の選挙日だ。まぁ話を振っておいてなんだが選挙にそこまで興味は無い。体育館で演説を聞いて投票するいつもの流れで授業が一つ潰れるのがラッキーといった程度のものだ。軽い話題のタネにでもなれば、なんてことを考えながら隣の亮平の顔をちらりと伺うと、その顔は俺が予想していた物と全く違っていた。
「……………..投壊?誰のチームが投壊球団だって!?」
語気荒く俺に詰め寄る亮平。その体が怒りからなのか、わなわなと震えていた。投壊?いや俺が言ったのは投開票………まさか。ある考えに思い立った俺は亮平の圧をいなしつつポケットからスマホを取り出し素早く検索をかける.。……やっぱりな。ダークモードの検索画面には昨日のプロ野球の試合結果が表示されていた。
大阪ハムダイーズ 1-13 横浜スターマンズ
大阪ハムダイーズとは亮平の贔屓の球団である。亮平は野球を始めとしたスポーツ全般が好きなのだが、ハムダイーズは特に祖父の代からのファンということで熱の入れようがすごいのだ。普段からハムダイーズの勝ち負けに機嫌が左右される節があったのだが、まさかこれほどとは……。いや待てよ。今日は10月……ということは。俺は再度スマホを操作し順位表を見た。そこに表示されていたのは7位 大阪ハムダイーズの文字。10月といえば野球のシーズンが終わる時期。いまいちピリッとしないシーズンを過ごしたハムダイーズは、昨日の試合での敗戦で最下位が確定してしまったのだ。おそらく今日の亮平は一年で一番機嫌が悪い。なんてことだ。果てしなくめんどくさい。
杉本……森宮……なんでそこで打たれるんだ、などと良く分からないことをブツブツと呟く亮平をなだめていると教室についた。俺と亮平は席も隣なので、そのままの流れで一緒に席に着く。亮平はもはや怒りを通り越してしまったのか激しく気落ちした様子でうなだれている。
「なぁ、大丈夫か?調子悪いなら今日ぐらい早退してもいいと思うぞ」
「いや……大丈夫だ。心配すんな」
いや絶対大丈夫じゃないだろ。だって現に…..。
「え!それこの前出たばっかりのサンリオのグッズじゃない?」
「そうなの、私超ばつ丸好きでさー」
「懲罰!?懲罰交代!?」
「今日の英語の小テスト勉強してきた?」
「おう今回はちょっとガチった」
「まじか。えらいなー、俺全然やってねぇわ」
「エラー!?」
さっきから周りから聞こえてくる会話に勝手に反応して勝手にダメージを受けている。こんなんで今日一日乗り切れるのかよ。俺は心配しつつ亮平の方を見ると、エラーはしょうがないが一試合で六エラーはおかしいだろ、終盤戦だぞなどとうわごとを呟いている。ダメかもしれない。
一時間目 倫理
「今日はカントの続きからやっていきます」
「完投……完投負け!?なんでうちの打線はこんなに……」
二時間目 国語
「じゃあ田中、78pの頭から読んでくれ」
「『君、至急この手紙を届けてくれないか。』コートを着た男は 」
「至急……四球!?杉本、なんで今日に限ってこんなに制球が乱れるんだ……」
三時間目 体育
「今日はバスケの基礎、パスについてやってくぞ」
「パス……パスボール!?中百舌鳥、そこで逸らしたらまずいだろ……」
四時間目 理科
「今日から天候の分野に入っていきます。まずは雨が降り出すメカニズムについて…」
「降り出す……フィルダースチョイス!?あぁ、あそこで一塁に投げてれば流れはうちに来てたかもしれないのに……」
「大丈夫か?」
「あぁ…………あ…あぁ……」
だめだ。今日一日あまりにもダメージを受けたせいで亮平がゾンビのようになってしまった。そんなことを考えながら放課後の校舎を亮平を担いで歩く。半ば被害妄想のようなものもあった気がするが、まぁ俺たちは友達だ。友達が辛いときは助けてやらなきゃな。
ただ一つ気になる事がある。傍から見ていて気づいたのだが、今日亮平が一番ダメージを受けたのは、生徒会選挙の投票の時なのだ。特に候補者が野球や、それにまつわる話をしたという訳でもないのに何故なのだろうか。少し気になって亮平に聞くと、亮平はうつろな目で「あれを見ろ」と候補者の名前が貼られた掲示を指さした。
斉藤 直樹 2-B
渡会 優佳 1-C
広橋 音香 2-A
山下なつみ 2-C
会長に立候補した4人の名前だ。いや、とくにおかしなところは……。「斜め読みしてみろ」斜め読み……?あ……。
亮平、いやあのバカの言わんとすることを理解した俺は、その場にバカを捨てて一人で下駄箱へと向かった。放課後の夕焼けで染まる校舎には「見捨てないでくれー!」という声が悲しくこだましていた。
