彼は旅行には鞄を持って行かない主義だった。いつだって奴はアロハシャツと短パン、クロックスで旅行に行った。これはつまり、彼が旅行に行く季節は必ず夏だったことを表現している。とにかく奴は軽装に財布だけ持って、時には旅券すら持たずに、どこかへふらりと消えるのだった。
(中略)
彼はベッドに倒れこむなりこう言った。
「俺が死んだら地下室の密造酒を引き取ってくれ」
いやだよ、と返事する。そんなことをしたら俺まで犯罪者じゃないか。
「大丈夫だ、酒税法は流通を禁止してるだけで、個人で楽しむ分には問題ないんだ」
そんなわけないと思いながらも、ケータイを取り出した俺に、奴はハハハと笑う。
「嘘だよ」
それだけ言うと、彼は本格的にいびきを挙げて寝始めた。たかだか一杯のビールでこうなってしまうくせに大の酒好きときたもんだから、まったく扱いずらい。
(中略)
こうして我々はこの島に囚われてしまったわけだ。船もなく、飛行機もなく、連絡手段もない。奴はこんな状況でも冷静だった。
「君のバッグを見せなよ、解決策を見つけ出してやろう」
そう自慢げに話す顔が無性にむかついたので、背負っていたザックを奴に投げ渡す。肉のない奴はグエっ!とかカエルのつぶれるような音を発しながら転んだ。
(中略)
「ぎゃぁぁぁああ!!!」
(中略)
やはり物は持っておくに限るだろう、困ってからでは遅いのだ。
「すみませんね、お嬢さん。今こいつは自分の虚構なる全能感に浸っているところなのです」
今日も今日とて小綺麗な格好をしているシンシア嬢は相方がそう言うのを聞いて不思議そうに微笑んだ。しかし彼女の表情の中には、あの日にあった陰りはもうなく、どこか血色もよくなっているような感じすらあった。われわれのしたことは、確かに無駄ではなかったのだ。
著者あとがき
さて、今回も「ベルジュシリーズ」をお手に取っていただきありがとうございます。編集者の新垣氏に大いなる感謝を申し上げたいと思います。スランプ気味だった私の脳を覚ましてくれたのは間違いなく新垣氏でした。今回の舞台は絶海の孤島、「ドレスパータ」。偏屈な奇人のベルジュが、「無人島にいくなら何を持っていく?」と聞いたのがきっかけで相棒のヒューと島をめぐる陰謀に巻き込まれていく、というストーリーでした。終始旅行気分のベルジュと心配性のヒューの性格がよく出ている話にできたかなと自負しております。ベルジュたちの物語ももう4作目になり、彼らの宿敵たるある教授の影も見えてきたころと思います。次回は、ひょっとしたらその話も出てくるかも…?こうご期待です。それでは、こんなところまで読んでいただいて、誠にありがとうございました!
