春樹は欠席の理由に困っていた。
なにせ今日休められれば新作のソシャゲをリリース直後から走り始めることができるのだ。スタミナ制のそのゲームは、とにかく序盤でどれだけ効率よくステージをクリアし、周回のフェーズに入れるかが山であった。だから今日だけは、何としてでも欠席を勝ち取らねばならない。
春樹は布団を頭の上にかぶり、足をばたつかせて汗をかき、いかにも熱のありそうなほてり顔で一階のリビングへと降りて行った。
「ママ、今日体調悪いかも」
あえて体調悪い、と断言しないのは春樹のテクだ。相手に体調の悪さを想像させ、実際より悪い想像をさせる。彼はこれを「悪い想像力<バッド・イマジネーションワールド>」と呼んでいた。
「そう? それならちょっと、体温計で測ってみなさい」
何!?「バッド・イマジネーションワールド」が、効かない!? 彼女はあくまで体温計というデジタル器具を用いて出た「結果」にしか興味が無いようだった。
くそ、この「数値主義者<デジタルジャスティス>」が、と内心ぼやきながら春樹は脇に体温計を挟み込む。数値ははじめは驚くべきスピードで上がっていくが、36度を過ぎるあたりでその速度も止まりつつある。仕方ない、アレを使うしか…。
「摩擦で火を起こす<レイジングファイアライクエドスタフォード>」!!!!
春樹はまるで火を起こすかのような勢いで体温計を回転させる。体温計はまだ若い少年の肌にひっかかりながら回転し、その温度を徐々に上昇させていく。
36.0、36.1、36.3…
上がる!このまま上がってさえ行けば…!
しかし、春樹の願いは無情にも体温計の内部から響くピピピピピピピという音に打ち砕かれた。36.4。それが春樹の努力に対する結果だった。体温計の音に寄って来た母親が彼の手からそれを取り上げ、無情にもじっと見る。
「微熱ね。大丈夫よこれぐらいなら」
地団太を踏んで床を破壊したい衝動を抑えながら春樹は自室へと戻る。作戦を練り直さなければ。あきらめるという選択肢は無い。今日は休まなくてはならないのだから。
部屋に戻って考えてみると、ふと一人の友人の顔が頭に浮かんだ。「休み時の脳の超回転<インクレディブルインテリジェンス>」だ。斎藤柚希、彼はもう四年ほど学校に来ていないことで有名だった。そしてその全ての欠席が無断欠席でなく、「理由付きの完全欠席<ザ・パーフェクト>」なのである。彼なら、幼稚園の時のつながりで連絡先を持っている。今頃はもうすでに学校に欠席の電話を入れ終わってゆっくりしている頃だろう。いそいで彼に電話をかけた。
暇だったのか、彼は2コールもしないで電話に出た。
「真面目に学校に通う君みたいなのから電話が来るのは、珍しいね」
彼は毎日毎日家に引きこもって何やら難しい本を大量に読んでいるらしい。話口調が年相応ではないのも、たぶんそういうことなんだと思う。僕は早口で彼に現状を説明する。そして、「何かいいアイデアはないか」と聞いてみた。
彼はふぅんと鼻で少し笑って、
「実に一方的に迷惑で、自己中心的で痛々しい。幼いな」
と鋭く言い放った。確かに彼の言うとおりだ。今日グループワークがある社会に出席しなかったら、僕は実際自己中心的だし、彼と比べたら精神年齢だって幼いだろう。
でも。
「手を貸すよ、優等生くん」
もう四年もあっていない悪友が電波の奥でにやりと笑うのが、僕には見えた。
彼の言うとおり、僕の机の上にはキッチンからかっぱらってきた紙パックの2L牛乳が二本あった。彼からの指示は簡単だった。「それを飲み干せ<ドリンクオールオブイット>」。両手に一本ずつ持ち、傾けるように口に注ぎ込んでいく。腹が無理だといっても、どこまでも。
母親が部屋の中でひっくり返って口の端から牛乳をこぼす息子を発見するまで、あと5分。そして、慌てて学校に欠席の連絡をするまで、あと5分42秒。
