どうも、死がある天使です。

 どうも、しがない天使です。

 一般通過キューピッドであります。

 普段はヴィーナス様の使いとして世界に恋をばらまいております。道行く恋に恋する少年少女、もしくは恋を諦めた青年男女の方々にビュンッと矢を撃ち込むわけです。二人に撃てばあら不思議、あっという間に恋に落ち、互いが互いにもうトリコ。もちろんこれは美食を追い求めるトリコとは無関係です。

 昔は木製の弓を使っていたのですが、文明の発達につれて私たちが使う弓も進化してクロスボウになりました。これがもう凄くて。天界の技術で改良したクロスボウはなんとコッキングに力をかける必要がありません。さらに連射も可能ということで、『白色翼を梳いて覗けば、文明開化の色がある』って感じです。

 旧来の弓では、私たちの赤子のような可愛いらしい手で矢を引いた状態を保つだけで一苦労だったのですが、もう今ではだれでも簡単にこの職に就けますからね。私だってキューピッド以外に就けるマトモな職が無かったから渋々恋のキューピッドなんてやってるわけですし。他の選択肢として雲建業もありますが、あちらは待遇が良くないらしいですから……と言っても近頃はこちらも似たようなものですが。

 何でも下界では少子化と呼ばれる繁殖不全が問題になっているそうで、最近は私たちキューピッドも各地へ馬車馬の如く駆り出されております。私は馬ではなく天使なんだぞ! とたまに空に叫んだりもします。もう東から西へ、北から南へ、天界から下界へ。クリスマスイブの日なんかは私たちも書き入れ時ですので、サンタクロースと何度すれ違うか。その度にトナカイが恋人を見つけてくるように頼んでくるものですから、私はいつも「それは動物専属のキューピッドに頼んでくれ」と言います。しかしトナカイの知能ではなかなか理解してくれません。

 キューピッドの矢にはいくつか種類があります。具体的には人間用と動物用、そしてその他用です。その他用って何だよ、という疑問は心に留めて頂けると幸いです。私にも分かりませんので。それはそうと人間も動物だろうと、私は浅ましくも考えるのですがヴィーナス様はそう捉えていないようです。愛の情熱や芸術文化をいつも高く評価してらっしゃいますから。逆に言えば、そういった部分を受け継いでいない点で私は出来損ないであるということです。
 
 それにしても、まったく……最近の人間ときたら折角つがいにしてやったというのに、子どもの一人も作らないのですから、そもそも種の保存本能が欠けているんじゃないでしょうか。私の母であるヴィーナス様も人間の未来について危惧しておりました。何か色々と言い分はあるようですが、しかしキューピッドである私たちには繁殖機能が無いので人間に共感は出来そうにありません。

 キューピッドは大人になることもありません。ある程度成長すれば自然とヴィーナス様の体へと私たちの魂は回帰します。ヴィーナス様が不滅であるが故に私たちキューピッドも不滅なのです。しかし一つだけキューピッドが二度と生を授かれない場合があります。それは、外的要因によって命を失ってしまった場合です。その時、私たちの魂は天界に帰ることが出来ず、ただ虚空を彷徨って何かに追いかけ続けられるそうです。それはとても恐ろしいことなのです。私なんかは想像しただけで夜も眠れませんし、そもそも目を瞑ることもできません。ドライアイ必至です。

 恋のキューピッドという仕事は、簡単で誰にでも出来るものではありますが、しかし大きな影響力を持っています。ひとつミスをすれば──例えば相性の悪い二人にそれぞれ矢を間違って射てしまえば、最悪の場合、紆余曲折(ストーカーとかそういうのです)あった後に死亡者が出てしまうこともあります。他にも同じ人間に二本矢を射てしまった時などは目も当てられません。

 そして、そういったミスを犯したキューピッドは罰されます。軽いものならば禁錮で済みますが、何をもって軽いとするかは人間をこよなく愛するヴィーナス様の基準によるものなので、実の所ほぼ百パーセントで死刑となります。斬首です、斬る首と書いて斬首でございます。ザンシュは決して天界の料理ではありません。そして死刑になってしまうと先程述べたように、虚空を魂が彷徨うことになります。もうそれだけは避けたいものです。

 まぁ何が言いたいかといえば、それほどに恋とは抗いがたい衝動であり、取り返しのつかない甘い過ちであり、そして扱いを間違えれば人を死に至らしめる劇物でもある、ということです。

 私は今日、普段の矢を射る仕事ではなく矢の運搬の仕事をしていました。キューピッドが人間に矢を射る時、いちいち矢を天界に取りに帰っていては非効率極まりないので下界にも矢の倉庫があるのです。そしてその在庫がそろそろ尽きるということなので、矢を補充する必要があり、その人員として私に白羽の矢が立ったわけです。私が充てられたのは東京の一から十五番倉庫で、その矢の数は各種四万本ずつの十二万本でした。

 で、悠々と空を飛んでいたわけですが、ちょっとボーッとしてたせいで私と同じように間抜け面で正面から飛行してくる鳩に気付きませんでした。で、ぶつかって、普通に背負ってた矢の箱を落とました。本当に普通のミスです。それによって十二万の矢のうち咄嗟に掴んだ二本を残して、残り全てを空から地上に落としたのです。

 地上は阿鼻叫喚の地獄絵図。十万を超える矢がこの世の終わりの如く雨あられと、この世の始まりの如く浴びるほどに降り注いだ結果、人間、動物、植物、無機物全てに無作為に矢が刺さってしまいました。中には複数本刺さってしまっている人もいます。

 ちょうど今、三本の矢に射抜かれた人間の男が、そのどうしようもない恋の衝動に、物 理 的 に体が引き裂かれるのが目に映ります。横断歩道が血に染っていくのが恐ろしくて仕方ありません。植物も恋した相手目掛けて異常成長してしまっています。人間に恋した街路樹はその人間目掛けて凄まじいスピードで枝を伸ばし、街路樹に恋されている人間は野良ネズミの後を必死に追いかけて、最終的にはビルに恋した自動車に轢かれていました。

 なんか、もう考えるのが面倒です。

 私は今、最高速度で空へ向かって上昇しています。ミスした直後、もうどうでも良くなった私がたまたま残っていた一本の矢で射抜いた太陽に向かって上昇を続けています。残った一本はもちろん私の心臓に深々と刺さっています。

 翼が太陽の熱に熔け始めています。果たして辿り着くのか定かではありません。凄く熱いのが恋によるものなのか、それとも他の原因によるものなのかも定かではありません。

 ただ、恋に死ぬのも悪くないと思いました。

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