「ジャジャーン!」
美月はその口から出す効果音と同時に本を見せた。人が少ない時間の学食とは言え、ジャジャーンと大声を出されると恥ずかしい。
「西野圭子?」
「そう、知ってるやろ?
この大学の有名人ゆうたら、真っ先に挙がる大作家やからな。」
「で、その西野圭子の本がどうした?」
「単純に面白かったって話。活字嫌いやけど、するする読めたわ。」
「まぁ、西野圭子の作品は全部読みやすいし、分かりやすいからな。
で、読んだのが、”幽閉の宝島”か。
それまで普通のミステリー作家だった西野圭子が急激に人気になった起爆剤のような作品だな。」
「読んだことあるん?」
「ああ、出た当初は本屋に山積みになってたからな。確かに、あの宝探しの謎解きは、ワクワクした記憶がある。」
「そうそう、そこもめちゃくちゃおもろかった。
それと、ラストは衝撃やったな。」
「ラスト? どんな感じだっけ?
宝探しの所は覚えてるけど、宝探し以外は全く覚えてないな。」
「じゃあ、教えてあげるわ。
まずな、メアリとロイの姉弟が船で旅行に行く途中、船が嵐に遭ってしまうねん。そして、二人は無人島に漂着してしまうんや。
それで、その無人島は宝島だった。って言う始まりで、結局、あれこれ謎解きして、金銀財宝のお宝を見つけるねん。
それで、宝を見つけた二人で喜んでたんやけど、無人島に助けが全然来ないの。食料を管理していたメアリは、食料がもう尽きることに気がつく。
そして、食料が無いまま何日も経ち、弟のロイは弱っていき、死んでしまうの。
そして、数日後、姉のメアリは水平線の奥にある救助船と手元に残ったお宝を見て、骨が剥き出しになった弟の死体を抱きしめるの。
宝探しの謎解きも良かったけど、ラストのメアリにとっての本当のお宝は弟のロイだった事に気がつくラストシーンは感動だった。」
「なるほど、確かにそんなラストだったな。宝探しのパートでも姉弟の友情みたいな伏線もあったし、ラストは感動が演出されてたな。」
「せやろ。これは名作や。
でさ、なんでこの本読んだかと言うと、次の時間、この大学で西野圭子が講演会するって聞いたからやねん。
せやから、一緒に聞きに行かへん?」
「ミーハーだなぁ。一作品読んだだけで、講演会に参加するとか。」
「ええやろ。聞くだけなんやから。サインとかも無料でらえるかもしれへんで?」
「本当に関西人の悪い所全部持ってるよな。」
「ええから行こや。」
美月は僕の服を引っ張り、急かしてくる。
「分かった。行くから。」
「ほんま!?」
「ああ、僕もその作品のことで、本人に聞きたいことが一つあったの思い出したしな。」
「なんやの、聞きたいことって?」
「そりゃ、ラストシーンのあれだよ。なんで…。」
そう言いかけた途中で、誰かに言葉を遮られた。
「残念だけど、講演会に質疑応答の時間はなくてよ。」
サングラスとマスクをつけた女性が学食のトレーを持って、こちらに話しかけて来た。
「あれ、西野圭子やない?」
美月は本のカバーに書かれている作者の写真を僕に見せてきた。
彼女は察したように、サングラスとマスクを外し、顔を露わにした。
小説の作者の写真と同じ顔が真ん前に立っていた。僕は口をあんぐりと開けて、何度も顔と写真を確認した。
見た目を本業にしていないのが不思議なくらい綺麗な人で、引き込まれるようなオーラを感じる。僕はそのままじっくりと彼女の顔を見ていた。
「そんな何度見ても、私の顔は変わらないわよ。
あなたの思ってる通り、西野圭子なんだから。」
僕らはいきなりの出来事にびっくりした。それを横目に、彼女は僕の隣の席に座る。
彼女の持つトレーいっぱいにうどんやカレー、ラーメンなどの料理が盛られていた。
軽く1000円は超え、2000円も超えているかもしれない。華奢で痩せた体型からは想像できないくらいの大食いだ。
「なぜ、ここに?」
僕は言葉が思いつかなかったので、適当な質問をした。
「それは講演会があるから、久しぶりに母校の学食を食べておこうと思ってね。」
彼女は割り箸でトレーの上の料理を交互に指し、どれから食べようか選んでいるようだった。
「たくさん食べるんですね?」
「まぁね、たくさん食べないと頭が回らないって言うのもあるけど、
空腹が怖くてね。」
彼女はそう言って、ラーメンに箸を入れた。彼女は箸で麺を持ち上げると、一吸いで、ずるずると音を立てながら、麺をすすり上げた。彼女は豪快にとても美味しそうに食べた。
「ところで、質問ってなぁに?
講演会に質疑応答は無いけど、今なら、一つくらいは答えてもいいわよ。」
そう言う隙に、彼女はラーメンを完食し、空のどんぶりをトレーの上に置いた。そして、箸をスプーンに持ち替え、カレーに手をつけた。
「じゃあ、ひとつだけ。
幽閉の宝島のラストシーンについて…。」
「は! どうやって思いついたんですか?」
僕がしようとした質問に、美月が割り込んで別の質問を被せて来た。
「それはいい質問ね。
だって、幽閉の宝島のラストシーンはほぼノンフィクションだもの。」
「えっ!? それってどう言う…?」
「あまり言わないようにはしていたんだけど、幽閉の宝島は、私の幼少期の体験を小説の世界に落とし込んだものなの。」
「そうなんやぁ!」
「あの宝探しの謎解きは、私が実の弟に出していたクイズみたいなものだし、お宝じゃないけど、家の中に隠したいろんなガラクタを探し集めてたわね。
でも、弟はその小説のラストシーンと同じく死んでしまったの。
まあ、両親からの虐待もあったのもあるけど、ろくな食事を用意されなかったのが主な原因だろうね。
マンションの狭い部屋に、一日あったら食べてしまいそうな食料だけで、何日も放置されてた。
だから、弟はどんどん痩せていって、最後は動かなくなった。
その後、両親は逮捕されて、私は施設に入れられた。そして、勉強を頑張って、この大学に入って、在学中には小説家デビューしてた。
でも、小説家ではろくに食べれなくて、いくつか本は出していたけど、鳴かず飛ばずの日々だった。
空腹の日が増えて、恐ろしい幼少期に逆戻りしたかのような気分だった。
その時、私はその幼少期の体験をに思い出して、それと同時に、この小説が思いついた。
そしたら、それが大ヒット。今じゃお金を気にしないで食べることが出来るくらいにはなった。
悪いけど、本当に弟のおかげね。」
そう言い終わった頃には、彼女はトレーの上の料理を平らげていた。
そして、美月は感動しながら、しみじみと彼女の話を聞いていた。
「そろそろ時間ね。
…でも、あなたからの質問には答えていないわね。簡単な質問なら答えるわよ。」
僕はさっきしようとした質問をする事をやめた。答えは、彼女がした美月の質問の返答で辻褄があったからだ。
そして、僕は別の質問を彼女に投げかけた。
「もし、今のあなたがこのラストシーンを書き直すなら、どうしますか?」
僕がそう質問すると、しばらく考えた後、彼女はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
その笑顔は小説の中に秘めた秘密をようやく突き止められたことの賞賛のようにも見えた。
そして、彼女は口を開き、僕の質問に返答した。
___________________
「君は賢いね。
君のことはいつか私の小説の主人公にしてあげる。
その時は私の小説、買ってね。」
トレーを持った彼女は笑顔でそう言って、席を立った。僕は彼女のした返答に呆気にとられていたが、何も知らない美月の質問で現実に引き戻された。
「あれってどういうこと?」
「何が?」
「なんで、あんなラストシーンにするん?」
「それは…。」
僕は彼女の言葉の真意をうまく言い表わす言葉を探した。
「……彼女は強欲だから。」
「どう言うこと?」
「……。
ひとつずつ説明しよう。ラストシーンの真意を。
まず、僕は初めてこの小説のラストを読んだ時、違和感を覚えたんだ。
ロイの死んでから何日経っても、メアリがロイの死体を埋葬しないことと食料の尽きたメアリが無人島で何日も生きることができたことだ。
弟との友情が1番の宝物だと言うメッセージを伝える演出なら、ロイの死んですぐに救助船が来るラストでいい。
でも、なぜかロイの死後数日の時を経ている。それに、食料不足の説明も無し。
これには作者の意図があると思った。
僕がしていた考察は、ロイの死体の骨が剥き出しになっていたことから結論を出せた。
メアリは生きるために、ロイの死体を食べていたんじゃないかと。
そうすれば、メアリがロイの死体を埋葬しなかった理由も、食料不足のメアリが数日生きられた理由も、埋めてもいない上、数日しか経っていない死体の骨が見えた理由も全て辻褄が合う。
そして、ここまで考えると、メアリがロイを殺したんじゃないかと思えてもくる。
もし、食料を平等に分けていたなら、体の小さいロイの方が先に死ぬ確率は低いだろう。
そして、確か、食料の管理は基本的に姉のメアリだった。メアリが意図的にロイに分け与える食料を減らし、自分は隠れて、食料を食べていたとしたら、ロイはメアリよりも早く死ぬ。
これは僕の妄想ではあったが、あまりにも繋がり過ぎていると思った。
だから、僕はメアリがロイを殺した理由を知りたかった。
1人ならまだ生きながらえると思ったのか、見つけた宝を独り占めしたかったのか、ただ単純に殺したかったのか、色々な理由が考えられた。
だから、直前まで彼女にそれを聞こうとした。でも、美月の質問でその答えが分かった。
まず、弟の死んだ話をあれだけ淡々と語る姉はいない。そこから、少しずつラストシーンの真意が解けていった。
もし、さっき彼女が言ったことが本当だとしたら、メアリは作者の西野圭子自身を投影させたキャラだ。
ならば、彼女自身も弟を殺している。
殺害方法は小説と同じく、食料を隠し、餓死させた。
その理由は、ただ食べ物を独占したかっただけじゃない。
弟を殺せば、この家に幽閉される日々を終えられると思ったんだ。
弟が死ねば、警察が動かざる負えなくなる。そして、自分は両親から離れ、息苦しく鬱屈する日々から抜け出せる。
そして、自分はちゃんと食べ物を分け与えていたから、証拠は出ない。
さらに、子供が子供を殺すとは思わない。
だからそれは、完全犯罪だった。
実際、彼女は何も罪に問われることも無く、彼女の両親だけが逮捕された。
全て幼い彼女の思い通り。
あまりにも狭いマンションの一室に幽閉された彼女の世界は、その外に広がってもなお変わらなかった。
だから、彼女は自身が特別であることは確信に変わる。やはり、弟ではこの世界の主人公にはなれなかった。
私だからこの世界の主人公なのだと。
だが、ここで小説と現実の明確な違いが一つある。弟の死体を食べたか、食べていないかだ。
おそらく、現実で弟の死体を食べていたら、彼女の完全犯罪は無に帰すだろうから、現実では弟の遺体に何もしていないだろう。
しかし、小説では弟の死体を食べている。
この違いはなんだろうか?
答えは、幽閉の宝島を書いた頃の彼女の貪欲さを表現したからだ。
彼女が語った通り、初めの数作は中々売れず、食べることに困る日々が続いた。
そして、また、あの幽閉されていた幼少期に戻る気さえした。もちろん彼女は戻りたくなかった。
だから、自身の殺人を題材に小説を書いた。
きっと、自身の体験を書くだけだから、するすると筆が進んだことだろう。
だが、ラストシーンを書いた時、思ったんだ。
今の私なら、弟の死体に何もしないだろうかと。
彼女はその自問にこう答えた。
今の私なら、弟の死体を食べると。
なぜなら、彼女は弟を殺しただけでは飽き足らず、弟の殺人までも食い物にして、私腹を満たそうとしている。
弟に罪の意識すらなく、亡霊の弟にしゃぶりついている。
自分がこの世界の主人公であるために、利用できるものは、強欲にも全て貪った。
だから、ラストシーンに、骨の見えた弟の死体を置いた。
これがラストシーンの真意だ。」
僕がそう言い終えると、美月は衝撃を受けて、喋れない様子だった。そして、僕は最後にもう一つ付け加えた。
「しかし、彼女の解答には一本取られた。
ラストシーンを今書き直すなら、どうするか?
僕の予想では弟の死体は骨だけになるだろうと思っていた。
彼女の貪欲、強欲さは時間と共に育っていく。
彼女の小説家としての成功は、弟の死があったから。
だから、彼女が小説家としての脚光を浴びるほどに、彼女の欲求は醜く膨れ上がる。
そうなると、今の彼女は底無しの強欲となり、骨だけの死体で表現すると思っていた。
だが、彼女の強欲さは、その上だった。
神の言う通り、強欲は大罪だ。溢れ出る欲は、全てを喰らい、身を滅ぼすと彼女は知っていた。」
僕はそう言って、彼女の返答を思い出した。
___________________
「なるほど、ラストシーンをどう書き直すだろうってことかね。
……うーん、きっと今の私なら、骨も残さないんじゃない?
2人ともね。」
