循環型社会 新京都

退社後、パブリックカーを捕まえてナビゲーションシステムから自分の家を検索する。フロントガラスにルートが表示され、AR標識が現れる。僕は再処理水を飲みながらルートを確認した。

―新京都 時刻は午後5時47分 本日の道路異常は確認されませんでしたー

「おや、ここ最近安定しているな。小規模の変化もないのか、運がいい。」

そうつぶやくと僕はハンドルを握りルート通りにパブリックカーを走らせていく。自動運転技術が発展したのち、結局人力に戻ってしまったのはこの町の特性のせいだ。この町の道路は度々変化する。はじまりは二十年前、この町は突然動き始めた。あらゆる道がぐちゃぐちゃに動き、過去の建造物、一世紀ほど前まで存在した「金閣寺」などが隆起し始め、町は大混乱に陥った。しかし人間はしぶとく、復興作業やハリボテの金閣寺の調査が行われた。それから度々町は変化したが、その規模は様々で赤ちゃんの寝返りのような時もあればノミにかまれた犬のように激しい時もあった。そして何回かに一度、建造物が生みだされる。僕の仕事はこの建造物の存在した年代や歴史について調査し、町の変化の規則性を見つけることだ。

 最近のできたハリボテ、「平安神宮」を通り過ぎた時、地面のそのさらに下の方から何かがこみ上げるような音が響いた。

「まずい、町が動く、、、移動中に発生するなんて!!」

周りのパブリックカーも一斉に車高を下げ、地面に密着するように停止した。変化中は移動するべきではない。道がうねる中、遠くに生み出される建造物の屋根が見えた。外を眺めるとひどく酔うので私は目を閉じ、ノミが町をかむのをやめることを待った。

 あたりがしんと静まりかえった時、私の目の前には古びたアーチが、すべてを飲み込みそうな暗闇を口いっぱいに広げていた。僕は思わず息を飲んだ。

「トンネルだ、、、」

トンネル…町の変化が起こってから無くなったものだ、地上の道と違ってトンネルや高速道路、鉄道は町がくすぶった後に他の道とつながることがなかった。地上に出たトンネルはわずか数メートルほどのものが数本であり、大多数が地中に埋もれたままとなった。私は好奇心が抑えられなった。再処理水を飲む手が震えていることに気づき、僕はハンドルを強く握りなおした。

―ナビがあなたを見失いました―

―ナビがあなたを見失いました―

騒ぐナビを無視しながら暗いトンネルの中を慎重に走っていく、途中旧式の車が止まっているのが見えたが、僕はなるべくみないように努めた。

 このままどこにもつながっていないのではないか、そんな不安を募らせながら再処理水を口に含んだ。その時眼前に光の点が見えた。

「外だ!」

喜びのあまり、むせて再処理水を吐き出してしまった。突然たくさんの人の気配を感じたが、あたりに誰もいないことを確認して胸をなでおろした。この完全循環型社会において嘔吐などはモラルのないこととして冷ややかな目線を浴びせられる。SNSは大炎上し、このトンネルよりも暗い人生を送ることとなるだろう。段々と光が大きくなってきた、トンネルをぬけたそこには西日に照らされる古い和風の民家があった。古びている所や、周りの草木の自然さから、今生み出されたものではないことがわかる

―ナビゲーション再起動、ルート検索を行います―

僕はシートベルトを外すのをわすれたままドアを開けた。

―ルートなし 省電力モードへ移行します、救急機関へ連絡をし――――――

無機質な音声に僕は冷静さを取り戻し、シートベルトを外してパブリックカーを降り、恐る恐る古民家のドアを開けた。中には誰もいないようだった。おそらくかなり前からそうだろう。いたるところにクモの巣が張って、玄関の中まで草が侵食してきている。だが幸いなことに人が死んでいる気配はない。私はふすまを開けた。

 ここまで内容がのこっている昔の建物というのは珍しい。町が時折生み出す建築物の中身断片的なものがパッチワークのように不自然につながっているだけで、ほとんど何もわからないが、この古民家は参考になる。何か年代のわかるものをさがして、町の気が変わらないうちにトンネルを走り抜けよう。小さな円形の窓があるその部屋は書斎のようだった。低い机の上は他と比べてきれいで、その上に古い字で「加茂真仁 遺稿 物質の容量について」と書かれた本があった。

 

 ―トンネルが出口を失ってからもう三か月が経った。外の状況がつかめないが、わが、加茂家代々の研究「物質の容量」の集大成として可能な限りを遺稿として残しておく。

 さて、これが読まれていることがどのような状況かはわからないが、本書が置かれていた机の引き出しに小刀が入っているであろう。物の容量、すなわち物質が蓄えることのできる記憶について実践してもらいたい。小刀のさやを取り外し、何かを切るそぶりをしてみたまえ。ふりだけで十分だ。物を切ってはいけない―

 

僕は小刀を見つけ桐でできたさやを外した。見事な刀身だ。小刀を握りしめ、机に向かって振り下ろした。その瞬間、脳裏に激しい赤色が思い浮かんだ。芳醇な香りが鼻を勢いよくとおり抜け、何も切っていないはずの両手はみずみずしさを感じていた。

 僕は手が本当は濡れていないことを確認してから、ページをめくった。

―驚いただろうか。この小刀は6年間毎日リンゴを切り続けたものだ。今君が感じたものがこの小刀の記憶したものである。厳密にいえば、記憶できなかったものといってもよい。この小刀は容量が満杯になった状態である。そのうえでまだリンゴを切り続けた結果この小刀からは、少しのきっかけで記憶が漏れ出てくるようになる。

 多くの妖刀や絵画や書物などの「呪い」と呼ばれるようなものの正体はこの漏れた記憶なのだ。一方で良い効果も存在する。大工の道具や、踊り子の靴、もちろん人を殺すうえでの刀などはこの漏れる記憶が役に立つ。無意識の感覚というものは物質が動作を覚えているからだ。この小刀とリンゴを猿に与えても器用に切り分けることができるだろう―

持ち主不明 刀:一夜鬼丸」「杉本組12代棟梁 鉋」「曾祖母加茂辰子 刺繍針」

掲載されている写真を見て改めて驚いた。なぜこれほどの研究が世に出ていないのだろうか。次のページをめくって僕はその理由を理解した。

―2060年頃からこの新京都は完全循環社会を目指して開発を行っていた。歴史ある建物やリサイクル的な文化が根付くこの町を社会モデルとしたいのであろう。しかし、物質は自然に還らなければならない。私はトンネルだけでつながったこの民家に引っ越し、自然を含めた循環を探しながら研究をつづけた。物質は分解されるまでその記憶をため込み続ける。今やこの新京都のいたるところであらゆるものの容量があふれ始めている。建築物はそのためにお払いやお祭りという行事を通してこまめに記憶を放出させていたが、宗教の消滅は定期的な放出をも抑制した―――――

 突然、ゴウっといううなりが地球の奥底から龍のように上ってくる。さっきよりもはるかに大きな町の変化が始まる。

「まずい、閉じ込められてしまう!!」

 僕はすぐさま遺稿と小刀を携えパブリックカーへと走った。助手席に放り投げ、シートベルトもしないままハンドルに手をかけ、グッと力いっぱいにアクセルを踏んだ、が動かない。すでにパブリックカーは車高を低くし、冬眠中のヒキガエルのようにふてぶてしく沈黙した。町の西の方に次々と塔や寺のシルエットが浮かび上がる。まるで、町が過去の記憶を吐き出しているようだ。人間が吐き出すことをやめた結果、町全体が吐き気を催してしまったのだ。どんどんと建造物が迫りくる、このトンネルが閉じてしまえば僕は閉じ込められてしまう。トンネル、走り抜けられるか?

いや、この大口のレンガアーチの即席土葬棺桶は御免だ。

僕は落ち着かないまま再処理水を口にした。

僕はおもむろに再処理水を地面に叩きつけた。その瞬間、また人々の影を感じた。

「嘔吐する町…」

僕はパブリックカーを蹴り上げ、石を拾いフロントガラスを破壊した。そのあと、古民家のありとあらゆるものを壊した。ゴウっ、ゴウっ、鳴り響く轟音はどんどん近づいてくる。ツボを割り、ふすまを破り、火鉢を砕く。立つのもままならないほどになった時、僕は軒先から半狂乱になりながら、沈みゆく夕日に向かって小刀を投げつけた。小刀は新京都の町を切り裂くように放物戦を描き、町の嘔吐は止まった。

新京都中に甘い林檎の香りが立ち込めた。

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