バイクが走り去って、配達物だけが残った。
起きてすぐの、鬼神のごとくいきり立つ我が髪の毛を見られたくないがために、俺はアパートの冷たいドアに耳をピタリとつけ、荷物を直接渡すのを諦めた配達員が置き配をしてこの場から去るのを待っていた。そのせいで耳は冷えている。例えるならばクラスメイトの視線と同じ温度だ。大学生になってもう無縁だというのにこうやって比喩に顔を出してくるのだから、トラウマはしっかり心中に居着いているらしい。そろそろ家賃を取ってやろうか。ここの大家さんばりに鬼の形相でドアを打楽器にしてやろうか。ちなみに嘘である、ここの大家さんはそんなことをしない。というかイマドキ振り込みだし、幸いなことに親が家賃を出してくれるのでそんなテンプレートな目に合うはずがない。俺は恵まれた立場なのだ。それは講義なぞ行かず、一人暮らしの開放感に乗っ取られるがまま昼過ぎにパジャマでいる現状を見てもらえば分かりやすいと思う。そんなこんなで、俺はさながらあの五百円玉を箱の上に置いたら中の住人がかっ攫っていくタイプの貯金箱のように、インターネッツに住む人間の心よりも狭い隙間だけドアを開けて、届いたダンボール箱を回収した。これはちょっとした自慢だが俺はバスケットボールを片手で余裕をもって掴めるぐらいの手の大きさがある。そして件のダンボール箱はそんな俺が第1指間腔が張り裂けそうになりながらも、どうにか上面を掴むことが出来る程度の大きさであった。第1指間腔がどこか分からない諸君のために説明する。親指と人差し指の間のことだ。説明するぐらいなら初めからそんな言葉使わない方が良いという意見はもっともなので、俺の心中に住むトラウマによく言いつけておく。というかこのダンボール箱、宛先もFromも無いではないか。それはつまりこれを俺のアナグラの前にポイとしたのは一個人ということを示す。これは非日常の予感だ。たかだか俺の髪の毛が更木剣八(鈴なし)みたいになっているとかいうショウモナイ理由で、これを置いていった人間を俺の視界に収めなかったのはミスだったかもしれない。更木剣八が分からないBLEACH未履修の宇宙人はハリネズミを頭に乗っけていると考えてくれ。しかし俺なんかによく分からない物を直接届けに来た奴の顔を是非とも拝みたかったものだが。普通にインターホンを押していたしな、新たなウルトラC級ホラー映画の展開が寝起きの頭に土足で殴り込みに来たのかと勘違いするほどの連打だったしな。いや待て。なぜコレを届けた人間はインターホンを押した? インターホンを押したということは、それは俺に姿を見られる可能性だってあったじゃないか。まるで姿を見られても構わないというそんな行動。それと矛盾するように荷物を置いたあとはしっぽを巻き寿司にして、ブロロロロロとジョジョの殴打ボイスばりに逃げたのだからよく分からない。まるで俺がどれだけピンポンを押しても出てこないことが分かっていて挑発しているかの如き行いだ。しかし残念ながらそれほどに俺のことを理解している人間なぞ、鏡の中と過去と未来の俺自身以外にはこの地球(ほし)には存在しない。大学なんてずっと行ってないしね。ならば宇宙人なら分かり合えるのかというと、そんなわけも無い。だって宇宙人はBLEACHを履修していないからだ。そろそろクダラナイ思考がブレーキを踏んだので箱を開けようと思う。ベリベリと叫ぶガムテープの悲鳴を無視する中、命乞いなぞ銃声で聞こえないと決め台詞を言うであろう冷徹なギャングマフィアになった俺は箱の中身を見て少しガックリした。中に入っていたのは、何の変哲もない一枚の紙だったからだ。まァ持った感触は確かに魂よりも軽かったぐらいだし、大したものでは無い予感はしていたが。その紙には俺のこれまでの人生の中で最も見慣れた筆跡でこう書いてあった。
『明日も来る。俺を見ることは出来ない。
未来のお前より』
ネットで必死こいて調べて作った首吊り用の輪っかを見上げる。これを未来の俺が送ってきている時点で、俺は死ぬことに失敗しているんじゃないのだろうか。例えば今俺が「死ぬ!」と決意してみる。それなのに手元の紙は消えやしない、つまり未来の俺は存在し続けているということでは? これはナンタラのパラドックスに近い問題な気がする。ひとつ確実なことが言えるとすれば、「自殺をしてやる」という芝生より青臭く、これが入っていたダンボールより軽く、インターネッツに住む人間の心よりも狭い視野に基づいて為された決心は簡単に覆されたということだけだ。だって、今死ぬのは酷く勿体ない。俺が死ねば、勿体無いおばさん、勿体ないおじさん、そしてその甥の総出でカチコミに来るだろう。未来の俺という、俺が過去に取った行動を知って後出しジャンケンのように行動を変化させるムカつくチート野郎に喧嘩を売られているということはそれほどに価値があるのだ。この舐めた人間をぶん殴るまでは死ねない。今日のところは生きてやろう。そしてきっと明日も明後日も。
