人間失格

バイクが走り去って、配達物だけが残った。

中には何が入っているか見当もつかなかった。

ダンボールの箱を不器用にもカッターで切り刻みながらなんとか開けることができた。些細なことにも手間取る自分にいちいち腹が立つ。中には細かく仕切りがされており、本が1冊ずつ入っていることが分かった。1番端にある本を吸い寄せられるように手に取った。

太宰治「人間失格」だった。それも自分が小学生の時に初めて買った本である新○文庫の期間限定カバーのものと同じだった。ああ懐かしいと思うと同時に痛痒い思い出が蘇ってくる。これを読んだ時何と思ったか、私がこの世界に存在しても良いという感覚と言うのが最も適切な表現だろうか。

私は小説は嫌いだった。この本は薄くてカバーがカッコいいからなんとなく買ってみたのだった。今、少し読み進めてみると、当時の自分が主人公である葉蔵の持つ世界観が自身のそれと酷似していることを冒頭から感じて勢いで読破したということを思い出した。周囲の感覚が分からず、人一倍鋭敏な心の奥で痛みを感じていた記憶が蘇ってきた。

咄嗟に本を閉じた。本を開く前、当時の感動を追体験できるのではないかという期待が心のどこかにあったのだが、読んでいく過程で得られる感動よりも痛みの大きいことを予想してやめてしまったのだ。当時の自分は確かにこの本を読んで感動したし楽しかった。読み進めていくことによる痛みはあるとしても気にならない程度だった。

でも今の自分は違う。当時の自分の感覚に正直に生きていた自分とは違う。私は魂を失ってしまったのだ。世間に求められるように泣き笑い、周囲に擬態化していくうちに私はすっかり別物になってしまった。これを「進化」とするのは、盲目的に社会性を重視する勢力であって、私自身にとってこれは「退化」だった。

「人間」らしく生きようと努力する時点で、既に私は「人間」として失格なのだ。

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