褪せた憧憬に依る

 私はサンダルを履き、軽快に歩くあなたが憧れでした。屈託のない笑顔で自身を飾らないあなたを尊敬していました。他者に対して心を開くことがないように見えるあなたと仲良くなりたいと思いました。

 私はあなたとは正反対の人間でした。まるで入学したての頃の、制服に着られている中学生のように身の丈に合わないブランドの服をまとい、ぎこちない笑顔で気味悪がられ、距離感を間違えて鬱陶しがられ、輪から爪弾きにされるような人間でした。

 あなたは私の見本でした。あなたを見かけた時から私はあなたになろうと思いました。そして、私はあなたのようにサンダルを履き、屈託のない笑顔を貼り付け、他者に対して壁を作りました。私の努力は実を結び、私は見違えるほど変わりました。

 

 上っ面の友情で繋がった人たちと日々を過ごす中、あなたが声をかけてくれたとき、私はその幸運に飛び上がりそうになりました。サークルの勧誘でしたね。正直に言ってしまうと、サッカーなんて興味なかったです。けれども、大したレベルでもなかったし、それにあんな時期に勧誘を行うほどですから人も足りていなかったのでしょう。十分素人でも参加できると判断しました。まあ、こんなものはただの後づけです。とにかくあなたと接点が欲しかった。あなたと仲良くなれるならなんでもよかったのです。

 あなたはサークルで活動するときは持参したサッカー用のトレーニングシューズにわざわざ履き替えていましたね。所属しているだけという状態の人間や惰性で参加している人間が大多数だったのに、あなたは熱心に活動していました。ですから、私もあなたを見習って初心者ながら真摯に取り組んでいたと思います。

 そんな私にあなたが好意を持つのは当たり前でしょう。昼食を一緒に食べたり、空きコマを駄弁って過ごしたり、休みの日にまで遊びに出かけるようになるまでそう長くありませんでした。周囲の人間も私たちのことを非常に仲の良い友人どうしだと話していました。私の思っていた通りになりました。

 そして、あなたと過ごす時間が増え、あなたの人柄も私の理想とするところだと気づきました。いえ私だけではないでしょう。模範的で道徳的。あなたは、おおよそ全ての人間が目指すような人格者でした。成績は優秀で、しかしそれを見せびらかすことはなく、ポイ捨てされたゴミを見つければ拾ってゴミ箱を探し、そしてこんな私に優しかった。もちろん、私はあなたの行動を真似て授業に真面目に出席し、謙虚で慈善的であると思われる言動を心がけました。

 

 あなたと接することがなければ、私は今も独りぼっちで学生生活を送っていたでしょう。全部あなたのおかげなのです。だから、こんな素晴らしいあなたがあんな目に遭うのは不運でしかなかったと思います。

 交通事故でした。休日に一緒に出掛けているときでしたね。横断歩道を渡っている最中、あなたは後方から左折してきたトラックから私を庇う為に私を跳ね飛ばし、あなた自身はトラックの巨体に衝突されてしまいました。あの時の回る景色と空っぽの感情は忘れません。しかし、その後の記憶は思い出せません。気がついたらあなたは入院しており、私は見舞いのため病院に通っていました。両の膝から下はなくなってしまったけれど、命を落とさなかったのは奇跡だとあなたは言いました。

 私は罪悪感に苛まれました。運転手の確認不足のせいとはいえ、あなたは私を庇ったせいで小学生の頃から今に至るまで、やめることができなかったサッカーをすることができなくなったのです。私はあなたがトレーニングシューズでボールを蹴る姿もサンダルで歩く姿も見ることはできなくなったのです。何度も謝る私にあなたはその都度「君のせいじゃないよ」と笑いかけてくれました。その笑顔は以前のような少年のような笑顔ではなく、耐えるような痛々しい笑みでした。そして、リハビリの辛さ、車椅子生活のストレス、将来への不安からあなたは私に依存気味になってしまいました。孤高で気高いあなたはもういません。自暴自棄に荒れ狂うあなたは傍目から見て気の毒な人間になってしまったのでしょう。

 あなたの輪郭は全て消えてしまいました。あなたは私の目指していた人ではなくなってしまいました。私をいびつに象る輪郭だけが昔のあなたの名残です。私は、サンダルを履き、屈託のない笑顔で笑い、けして人に心を許さないあなたが好きでした。でも、車椅子を押し、哀れに笑い、私に寄りかかるあなたが好きです。

 私は、あなたが完璧でなくなって、私とおんなじ人間になって、嬉しく思いました。思ってしまいました。私の介助なしでは満足に行動できないあなたに、私は。あなたの意思は私の意思で、私の意思なしではなにも行動できないあなた。私に決定を委ねるあなた。

 

 あなたに付きっきりとなった私は、もう以前のように形だけの仲間の輪に入ることはありませんでした。

 ある日、あなたは私に言いました。

「こんな不出来な人間に寄り添ってくれる君は、どれだけ素晴らしい人間だろう。感謝してもしきれない。ありがとう。」

私がそんな人間である訳がないのに、私ほど醜い人間なんていないのに、あなたは私に感謝を伝えるのです。私には泣く権利なんてないのに、泣き崩れる私にあなたは、あなたの意思で動く腕で私の背をさすってくれました。

 私は惨めです。

 それでも、私はあなたと共に、あなたであり続けます。

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