「ディベートやってみたい!!」
「どうした急に」
日直の号令を合図に響く「さようなら」の声が一日の終わりを告げる。帰りのSHRが終わり、体の半分ほどもある大きなエナメルバッグを持った野球部や、帰宅部の者たちが我先にと教室の扉から出ていくのを横目に2人の男が話していた。
「いや昨日YouTubeでディベートの動画見てさぁ。めっちゃ頭よさそうだな~と思って」
その発想がすでにバカっぽいんだよという言葉を飲み込み、男はスマホを少しいじるとその画面を見せた。
「ん?なにこれ」
「最近出たAIチャットの最新版。なんでもディベート機能搭載らしい。ちょっと前にXで話題になってた」
「ふーん、じゃあやってみようかな」
男は自分のスマホを取り出し、AIチャットを立ち上げた。たしかにアップデートが来ているようだ。”ディベート”というボタンができている。早速そのボタンを押してみると「ハンデ」という項目が出てきた。
「ハンデ?」
「ああ、調べた感じハンデを着けられるらしい。AIが使用者に有利な設定と立場を考えて、それに従ってディベートをやってくれるんだと。最初はハンデ最大がおすすめらしいぞ」
「いーや!俺はハンデなんていらないね!」
そう言うと、男はハンデを0に設定し開始ボタンを押した。
『テーマを設定します……。【テーマ】疲れた時に飲むなら?缶コーヒーVSガソリン、あなたは缶コーヒー側です』
どうやらテーマが決まったようだ。『疲れた時に飲むなら?缶コーヒーVSガソリン』だと?本当にハンデ0か?やっぱAIもまだまだアホだな。男は勝利を確信しながら自身の主張を投下した。
「ガソリンって飲めませんよね?」
『それは人間に限った話です。車や飛行機を始めとする機械はガソリンを燃料として補給します』
「いや、今は人間の話をしているんですけど」
『テーマは、疲れた時に飲むなら?です。特に対象は指定されていません』
確かに人間限定とは言ってない…。想定外の返答に男の手が止まる。しかし、男が次に何を打ち込むか思案している間にも、AIチャットは矢継ぎ早に自らの主張を投下し続ける。
『缶コーヒーと疲労回復の因果関係は証明されていませんが、疲れた=燃料切れの機械はガソリンを入れると動き出します。』
『ガソリンのもつエネルギー量は缶コーヒーのそれを遥かに凌駕しており、どちらが疲労回復に効果的かは明らかです』
『値段で比べてもガソリンは1Lで約180円、それに対して缶コーヒーは200mlで約140円とガソリンの方が圧倒的に経済的です』
『なおコーヒーの常飲が原因と思われるカフェイン中毒患者は毎年何百人も報告されていますが、ガソリンを飲んだことによる健康被害の報告はほとんどありません』
『逃げてて草。はよ何か言え』
ブチッ
「あ」
「はい、俺の勝ち!あまり人間をなめるなよ!」
男がスマホ側面のボタンを勢いよく押した。暗転した画面に向かって吠える男の顔。それは紛れもない負け犬の姿だった。
AIチャットとのディベートを後ろから眺めていた男は、ブルブルと小刻みに震える友人の肩をぽんと叩いた。
「まあ、あれだ……」
「缶コーヒーでも買って帰ろうぜ」
窓の外にはオレンジ色の空が広がっていた。
