呪いのトリュフチョコレート

 中学2年生、冬。古賀まゆみは悩ましげにため息をついた。頭を占めているのはそう、来るビッグイベント【バレンタイン】。相手は同じクラスの川崎ショウ君。頭もよくてスポーツ万能、しかも優しい人気者。ずっと遠くから眺めているだけだったけど、今年こそはショウくんに彼女ができてしまうかもしれない。それは耐えられない。友達のリナとサクちゃんも応援してくれてるし、この企業戦略イベントに全力で乗っかってやろうじゃないか!……そう決心してから早一週間。まゆみはまだ本命チョコを手作りするか買うかすら決められずにいた。

 「どうしよう、あと3日しかないのに!やっぱ手作り?でも失敗したらどうしよう、手作りダメな人かもしれないし~、かといって高級チョコ買うのも重いかな~……」

 もう何回目になるやら一人言を呟く帰り道、ふと気が付くと知らない路地に迷い込んでいた。

 「ヤバ、曲がるとこ一本間違えた?」

 慌てて引き返そうとしたとき道の奥から甘い香りが漂ってきた。お菓子屋さん?こんなとこにあったっけ……。

疑問に思いながらも吸い寄せられるように進んでいくと、ファンシーでかわいらしいお店が見えてきた。クッキー風の屋根にアメ細工のような窓、板チョコ柄のドアと、まるで小さい頃に読んだ絵本に出てくるお菓子の家みたいだ。

ふらりと店のドアを開ける。目に飛び込んできたのは一面に陳列されたお菓子たちと強い甘美な香り。そうだ、これチョコレートの匂いだ。

まゆみが内装に圧倒されていると店の奥から若い男性店員がやって来た。

「いらっしゃいませ。ただいまバレンタインフェアを開催しております。何か、お探しですか?」

「あ、ええと……まだ決まってなくて」

「そうですか、失礼しました。贈り物用でしたらこちらの棚がおすすめの品になっております。では、ごゆっくりどうぞ」

その店員はニコリと笑ってレジの前へと下がっていった。

恥ずかしい、ものすごく恥ずかしい。私が本命チョコ探してるのそんなに顔に出てたんだろうか。……いや、この時期そういう人多いからテンプレ的に贈り物を勧めてきただけかもしれない。チラリとレジを見やると店員さんがニコニコこちらを見ている。やっぱバレてる!

パッと目をそらし慌てて近くの棚を物色する。えーと、どれも美味しそう……じゃなくて!

その時、一つのチョコに目が留まった。

「『とろけるトリュフチョコ』、ですか……。お目が高い。こちらの商品、バレンタインにぴったりのチョコなんですよ」

わっ、店員さんいつの間に。

「このチョコレートは食べた人の心をとろけさせる効果がありまして、ご自分で召し上がっていただいても十分美味で素敵なチョコなのですが、もっとも効果を発揮するのは贈り物でございます。意中の相手に贈ればきっとその方の心をつかむことができますよ」

「そう、なんですか……」

さすがにちょっとうさんくさい。でも、説明を聞いているとそんなこともあるのかなーなんて気がしてくる。ゲン担ぎ程度でもいいや。このチョコ、欲しい。いわゆるひとめぼれというやつだ。

「これ、ください」

「はい。1500円になります」

ちょっと予算オーバーだけれど綺麗にラッピングもしてもらって、るんるんで店を出た。きっとこの恋は上手くいく。そんなフワフワした自信に満ちていた。

 

迎えたバレンタイン当日。どうしても直接渡す勇気が出ず、放課後にショウ君の靴箱にメッセージカードとチョコを入れてダッシュで帰った。

その夜、LINE通話がかかってきて、私はショウ君と付き合うことになった。何度も何度もベッドの上で夢か、いや夢じゃないを繰り返して、いつしか眠ってしまっていた。目が覚めた時なんて、多分それまでの人生で一番幸せな朝だったと思う。

お付き合いは順調に進んだ、と思う。ショウ君はめちゃめちゃ私のこと大事にしてくれたし不満なんて何一つなかった。そして付き合い始めて2週間後、彼のお家に誘われた。私は特に何か考えるでもなく喜んでOKした。

ちょっとオシャレしてドキドキしながら彼のお家にお邪魔する。ショウ君は喜んで迎えてくれた。「今日は誰もいないから」なんて言われて心臓が跳ねる。でもとりあえずお互いが用意したお菓子を広げて普通にパーティーを始めた。

途中でショウ君が隣に移動する。

「……ね~、まゆちゃん」

「え、どうしたの?」

ショウ君は何も言わず私の膝に寝っ転がった。え??何急に??戸惑う私をよそにショウ君は膝上から見上げて(違和感がすごい)、言った。

「ごろにゃ~ん♡」

 

瞬間、たまらず立ち上がって叫ぶ。

「いやキッッッッショ!!!!!!!」

 

******

 

 「アッハハハハハ!!は~、最っ高~」

喫茶店の向かいの席で大学の友達、瑞希が爆笑している。一回落ち着いたかと思えばまた吹き出して、めちゃくちゃに笑う。

「え?それでその後どーなったの」

「あー、そのまま家飛び出して、別れた」

「え!?そんなんで別れたん!?マジでぇ!!?」

「もう、笑わないでよ~、当時はいっぱいいっぱいだったんだって!」

「まあ……付き合って2週間で……フフッ、いきなりそれはキツいけどさ……っハハハ!」

「だって!あのクラスのトップ、カースト最上位の完璧イケメンが急にあんなことし出したら誰だってビックリするって!」

「は~。俗に言う『蛙化』ってやつ?」

「う~ん、そうなのかなぁ……」

「あ、そういや最近よく聞く蛙化って誤用らしいよ」

「え、そうなん?」

「そそ。正しいのはさ……」

 

 3時間喋りっぱなしでようやく解散し帰路についた。……実は一つだけ、瑞希に言えなかったことがある。あの不思議なチョコについてだ。あの事件の後そのままの足で件のお店に向かった。ドアを開けると同じ店員さんが穏やかな笑みで迎えてくれたのだった。

「すみません、あの、チョコの効果って本当だったんですか」

息せき切って詰め寄る私に店員さんは目を丸くしながら、

「あぁ、そうですね、ご説明した通りですが……何かありましたか?」

と答えた。

「効果消すことってできませんか!?」

勢いづく私に何かを察した店員さんはニコリと笑った。

「ありますよ。ただ、消せるのは効果だけなので記憶とかは残ったままになりますが」

「それでいいです!!お願いします!!」

……こうして私は解毒薬ならぬ解毒チョコをもらい(値段元のやつの倍もした!!)、匿名で靴箱に入れておいた。その後、ショウ君の変な噂を聞くこともなく彼は人気者だったのでチョコの効果は消えたのだろう。私はその人気者と一瞬だけ付き合った人、と認識され、いつしか忘れられていった。

今なら分かる、ショウ君がああなったのは多分あのチョコのせいだ。誰かに甘えたい願望なんて多かれ少なかれ皆持っている。彼はそれを勝手に解放されてしまっただけなのだ。それをあろうことか気持ち悪いなんて……本当に、彼には申し訳ないことをしてしまった。初恋で舞い上がって、恋に恋して……まさに若気の至り、いや若き日のあやまちとでも言うべきか。

そんなことを考えながら下宿中のマンションのドアを開けた時、スマホに一件通知が届いた。初期設定のアイコンからのDMだ。卯吉、という名前。見覚えないなと思いながら家に入る。スパムだと面倒くさいし開かずに通知欄から見よう、と何気なく動かした指が固まった。

『おかえり。遅かったね』

背筋に嫌な寒気が走る。ストーカー?その瞬間スマホが振動した。

『まだ僕のこと憶えててくれたんだ』

僕?僕ってだれ、卯吉なんて人知らない………………卯吉?卯吉、ウヨシ、逆から読むと……。

「ヒッ……!!」

スマホが手から滑り落ちる。ガンッと音がして、衝撃で点いた画面には痛々しいヒビが入っている。

ヴヴヴ……ヴヴヴ……ヴヴヴ……!!

通知が鳴りやまない。それどころか音がどんどん大きくなってるような……。

「いや……やめて…………いやあああああ!!!!!」

 

******

 

「恋は相性とタイミング、とは言いますが、結果を焦るとこういうことも起きてしまうんですねぇ……」

お菓子のお店は今日も甘い香りを漂わせている。

 

※この物語はフィクションであり実在の人物・団体とは関係ありません。

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