バイクだけが走り去って、配達物だけが残った。置き去りにされたいつかの幸せな日々の欠片は、内容量のわりにずっしりと重かった。
アイツとの出会いは忘れもしない七年前、高校3年生の時だった。
「席、1個ずれてるよ」
自分に話しかける人なんていない、そう思い込んでいた僕の世界がパッと開けた気がした。
隣の席になった彼女はその時限りじゃなく、よく話しかけてくれた。人と話すのは苦手だった。つっかえて頭真っ白になって何を話していいか分からなくなる。結局、黙り込む。でも彼女は待ってくれた。聞いてくれた。
思えばいつも待たせてばかりだった。時間に律儀な彼女はいつも待ち合わせの5分前には必ず着いているようだった。対して僕は、余裕を持って出ようとしても忘れ物をしたり電車を間違えたりしてどうしても遅れてしまうことが多かった。
「急いで来てくれた、それが嬉しいんだよ」
僕は気が回らない。いつもどこかズレている。よかれと思ってやることがどんどん裏目に出てしまう。
いつからだろうか。僕が自分から何もしなくなったのは。
「一生大事にするから。約束する!」
何を勘違いしていたのだろう。いつまで経っても僕は臆病で卑屈で、出会った頃から何も変わっていなかったというのに。
「変わらないね。出会った頃から」
変わったのは彼女の方だった。瞬く間に姿を変え、より美しく。よりしたたかに。まるで蝶のように羽ばたく彼女を僕はただ見てるだけだった。
「ごめん」
一言だけラインをもらった。それ以降既読がつくことはなかった。
僕は決定的な証を突きつけられることを嫌って、スマホの電源を落としてしまった。その時ならまだ間に合っていたかもしれない。
段ボールはそのまま燃やすことにしよう。誰の目に触れることもないように。最初から存在しなかったかのように。
僕は少し遠い公園に向かった。高校の打ち上げで花火をやった場所だ。固まった思考では火を使ってよさそうな場所が他に思いつかなかった。
「ほら、来てよかったでしょ?」
あの時より少し遅い時間、あの時と変わらない遊具。僕は急いでマッチを擦った。
火はなかなかつかなかった。上手く擦れない。擦っても箱が削れていくだけ。
何でつかない?早く、早くついてくれよ。
力いっぱい棒を擦ると親指の所からパキッと折れた。
折れた、折れた。
膝から力が抜けた。砂に手をついた時、涙腺が壊れてしまった。
言葉にならない叫びを上げて、でも叫ぶと近所迷惑かと思い直して、そんな冷静さも嫌になって咽び泣いた。
捨てられるわけがなかった。燃やしてしまえるわけがなかった。だから燃やしたかったのに。僕にはそれさえ許されないのだ。
彼女が思い悩んでいた時僕は彼女に何をした?何もできなかったくせに。彼女は待ってくれてたんじゃないのか。伝えることを疎かにして甘えて、彼女にきちんと向き合って来なかった。これはその報いだ。後悔してももう遅い。
どこを見渡しても彼女の面影がチラついてそれが僕を苦しめる。本当は分かっていたのだ、こんなもの燃やしたところで意味がないことなんて。
もう僕なんて生きる価値ないんじゃないだろうか。そうだ、死んでしまおう。僕さえいなくなれば、それで……。
ふらふらとした視界を歩く。カンカンカンと音が聞こえた。電車なら早いんだろうな。そうだ、電車がいい。
気付けばホームにいた。機械的なメロディが鳴る。他は誰もいなかった。
暗闇からライトが見えた。ふわりと足が軽くなる。あと、一歩。
「危ない!!」
ファーーッ!
バンッ!
ゴォーー…ガタッ…ガタン……。
右半身に強い衝撃を受け、次の瞬間僕は倒れていた。
「何してるんですか!危ないですよ!!」
止めたのは駅員さんらしい。僕は死ねもしないのか。乾いたはずの涙が目に滲んだ。
駅員さんは優しげな表情をした。
「少し、お話しますか」
「……はい」
僕はなんで生きているんだろう。何度も何度もそう考える。でもいつも『あの時死ねなかったから』としか思い当たらない。僕が生きている理由なんてそれだけだ。
でも、あの時彼女がいた気がしたんだ。きっと気のせいだろう。それでもいい。
もしかしたら彼女は僕と一緒になりたくないから連れて行ってくれないのかもしれない。当然だ。僕はそれだけのことをした。
だから彼女が許してくれるその日まで、僕はこっちで生きることにする。
今度は僕が待つ。あの世でもう一度会えるときまで。
