聖夜のカウントダウンも遂に残り1日を切った。厳寒の本格化にともない穴籠もりを決め込むのが生き物の沙汰である───が、そんな闇夜にも暗躍する者が存在する。
雪深い森───町近辺の〈神秘の森〉の最奥に、その者は居た。厚い赤衣を纏い、大きな袋を背負い、“遂にこの日が”と言わんばかりの慌ただしさを醸している。
詰め終わった袋の中は、色んな物品でいっぱいになっていた。木彫りの動物たちに、かわいらしい革細工。苔を基調としたテラリウムに、黒く硬い鱗片で拵えられた装飾品の数々。香り袋や、ふわふわのウールニット、ビビッドな青葉で作られた栞なども入っていた。そう───赤衣は、かの聖夜の来訪者である。
“さあ、子どもたちのところへ向かおう”
赤衣はそう念じると、ただちに町へと足を運んだ。
暗闇の中、赤衣は慎重に窓を引き開け、一つ目の家の子ども部屋に忍び込んだ。真冬の冷気が室内に入り込み、布団の隙間から覗く小さな鼻がわずかに動く。寝息は穏やかで、子どもは夢の中だった。道中、ふだんより多い人の往来に難儀したが、どうにか辿り着くことができた。
赤衣は、背負っていた袋をそっと床に下ろした。音を立てぬよう、慎重に袋の口を開き、一つ目の贈り物を取り出そうとする。この子にはどれがいいだろうか。彫刻、革細工、テラリウムなんかを喜んでくれるかもしれない。いいや、部屋の書棚に隙間なく並んだ本を見れば、この子には青葉の栞が最適かもしれない。決めかねて悩んでいた、その時だった。
ベッド脇の小さなテーブル───その上に整然と並べられた包みの数々が、赤衣の目に飛び込んできた。
色とりどりの包装紙に包まれたプレゼントは、リボンで可愛らしく結ばれている。赤衣は思わず、袋をまさぐる手を止めた。それは明らかに自分が持ってきたものではない。
赤衣の心に不穏な予感が走った。床にしゃがみ込み、指先をプレゼントの表面にかざす。すると突如、見知らぬ大人たちの顔が脳裏に浮かんだ。プレゼントをしめやかに包み込む姿や、子どもの笑顔を想像して微笑む彼らの姿。そして、包みの中に隠された、「ゲーム機」や「子犬ロボ」なる、赤衣の知らない物品群───
赤衣は驚いて、真後ろの扉から勢いよく飛び出してしまった。
狭いダイニングを通り過ぎた瞬間、赤衣の胴がうっかりテーブルに触れた。軽い音とともに赤い液体が飛び散る。倒してしまった容器の中身は、ケチャップだった。刹那、赤衣はそれを血潮のように感じ、ほんの僅か、動きを止めてしまった。
ふと目線を横に遣ると、モミの木がずっしりと佇んでいた。ベツレヘムの星で彩られ、紅白のオーナメントボールが重厚に飾られている。小椅子の上のキャンドルは儚げな蝋涙を滴らし、赤衣はそれらに妙な疎外感を覚えた。
───赤衣には、異能があった。「サイコメトリー」……残留思念を読み取る超能力である。赤衣は、異様に感じられる目前の光景に手を伸ばし、意識を集中させると───想い起こしてしまった。
“私は、サンタクロースではなかった”
───百数年前、彼の棲まうこの雪国で大規模な改宗が施行された。その余波は隅々にまで及び、この町はクリスマスを待たなくなった。そして、当時の治世者は、祝祭ではなく戒律による新たな教化を推し進めた。当然反発はあり、子どもたちの純朴な笑顔も失われていった───が、その新しい宗教も、数年もすれば次第に馴染んでいった。
ある日、〈神秘の森〉の入口に、サンタ用の衣装が捨てられていた。彼はそれを見つけると、残留思念に触れ、大人たちの労苦とともに「サンタクロース」を知ることができた。森の守護神であり森を出ない彼にとって、人間の文化はとても興味深かった。
“私が、サンタクロースを代行しよう”
このように、彼のサンタ代行はごく簡単な感応から始まり、深い意味などなかった。しかし、彼はこっぴどく異形であった。七尺あるスマートな満身は黒く鋭利な鱗に全面覆われており、突起を節々に立たせた螺旋状の巨大な双角もそこから生え揃っている。また顔に双眸は無く、念視だけで視覚を獲得していた。そんな超脱的な有様は、絶対に子どもたちに見られてはならなかった───が、超脱具合は抜群で、これまで百年間、ついぞ誰からも観測されることはなかった。
───本来交わるはずのなかった二者の道が、「サンタクロース」を鍵にして繋がってしまった。
そして、この家のモミの木は、雪国の「再改宗」をまさに顕示していた。あの改宗からおよそ百年経った今年、また改宗が行われ、この町ごとキリスト教圏に再び取り込まれたという。そして、「本物」のサンタクロースが、また訪れるようになった。つまり、これからのサンタクロースは───
───異形は、キッチンの窓から跳び去った。
通りの人影は一つ残らず消えていた。全ての道には煌びやかな電飾が施され、暗がりはどこにも無かった。ゲーム機に、子犬ロボに、イルミネーション……人間は、異形の与り知らぬうちに文明を発達させすぎていた。
これから、森の均衡者としての役目だけが残る。不要な狩りも、不要な細工も、不要な変装も、不要な外出も、しないでいい。だが───未曾有の喪失感が異形を衝いた。自分が演じていたサンタクロースはもう、必要とされない。太古の昔、森の蠱毒を生き抜いた異形には、もはや自分を揺すぶる力など存在し得ないと思っていた。だが現実は、たかが百年の集積で鬱がれてしまった。
“私は、もう、子どもたちに───必要とされない?”
“それとも最初から、私の贈り物は、彼らにとって価値などなかった?”
異形は立ったまま、ただ力なく静止した。思い返してみれば、手製のプレゼントで喜ぶ子どもたちの姿を、異形は一度たりとも見たことがなかった。彼らの姿は、百年間ずっと想像の向こう側にいた。
袋を握る手には確かな震えがあり、異形はそれを止めようとするかのごとく強く握り直した。全身の鱗が逆立つ。過刻の重みが、異形の肩をじんと押し下げていく───が、ふとその動きは止まり、次の瞬間には歩を進め出していた。ひとしきりの複雑な情動は、1分も経たずにピタリと止んだのだ。往時から森の主たる異形に、百年ごときの感傷が永遠のものになるはずもなかった。
町の外れに差し掛かると、小さな広場に大きなキャンプファイアーが燦然と燃えていた。焼べられた薪の数はあまりに夥しく、炎は夜通し燃え続けるのだろう。煙に乗じて立ち昇る残留思念は、この町の大人たちが子どもたちに向ける希望で満ち溢れていた。異形はそこに赤衣と袋を投げ入れ、すぐさまその場を後にした。
人手が足らなかったのか、広場の先にはまだ電飾は照っておらず常闇がひっそりと息づいていた。だがその光景だけが異形の百年にどうも即しているらしかった。闇路を越えた先では、風の息吹が超然と森の木々を揺らしている。異形は、今後永遠に通うことのないこの道程を、本来の姿で、振り返らずに粛々と歩んでいった。
