金と回転

2157年の旧大阪の朝、摩天楼のジャングルの間をダークグレーのスーツを着こなして蝶柄のネクタイをしめた坊主頭の男が進んでいく。朝の大混雑に、御堂筋線の大遅延も原因で、道の込み具合は殺人的だった。一分で10メートル進めるか進めないかぐらいのスピードでじりじりと進む群衆。坊主の男はしばらくして見えてきた、ビルとビルの間の1メートルと50センチほどの細い横道に体を滑り込ませた。半透明の袋に詰められて道の両側に人の背丈ほど積み上げられたゴミに体を擦られながら、坊主の男は徐々に暗くなっていく通路を奥へ奥へと進んでいく。しばらく行くと、坊主の上等なスーツが腐臭を匂わせるようになり、そして道の行き止まりが見えた。真っ暗なその行き止まりには今まで通ってきた通路と同じ幅の黒いドアが一枚あり、その上には豆電球のランプが頼りなさげに一つぶら下がっていた。坊主が上を見上げると、空はビルとビルの間の、細い線のようにしか見えなかった。ランプを頼りに、ドアを開く。ドアの向こうはティーカップやよく彫られているキャビネットなんかの、中世西欧のアンティークを扱う雑貨店のような立ち振る舞いで、坊主は内と外の明るさの差に一瞬、目くらまされてしまう。入口から左手にある木製のレジカウンターの中から、禿げで後頭部に少しだけ白髪をのぞかせている痩せた老人が坊主に向かって呼びかけた。

「よぉ、来たか。ずいぶんと遅かったなぁ」

「すまなかったな、パコ。人身事故で電車が止まったんだ」

「御堂筋だろ? ラジオで聞いたよ。表は大混雑だったろ?」

パコと呼ばれた老人は坊主に笑いかける。

「あぁ、殺人級だ。実際何人か死んでるかもしれないな」

「年に4人は死んでる、今年ももう8月だし、3人ぐらい仏さんになっててもおかしくないもんだなぁ」

まぁいい、とパコは手で払いのけるようなジェスチャーをして雑談を打ち切った。そして、カウンターの中から、木箱を取り出して、坊主のほうに差し出す。

「ヘロウ、向こうのお客は君をご指名だ。くれぐれもミスしてくれるなよ」

坊主、ヘロウが木箱を開けるとそこには黒光りする自動拳銃と茶色のファイルが一冊入っていた。

「今時自動拳銃とはな、よっぽど変人か?」

ヘロウが拳銃の照準を覗き込みながらパコに聞くと、

「最近レーザーガンの規制が厳しいんだ、むしろ昔ながらの鉄砲のほうがバレにくいんだよ」

その回答に対し、へぇ、と興味なさげにヘロウは返事する。

「依頼内容はその中にちゃんと書いてあるから、とにかく上手くやってくれ」

「あいよ、じゃあな」

やる気なさげに店の中から立ち去ろうとするヘロウの襟首をパコの細い白腕が掴んだ。そして押し殺すような小さな声でヘロウに真剣に語りかける。

「今回ばかりは絶対に失敗するなよ、ヘロウ。お前も、私も、まだ死ぬわけにはいかないんだからな」

至近距離でこちらの眼をじっと見てくるパコをヘロウは労わりながら引きはがした。

「俺に任せとけよ、じいさん。何とかするさ」

そう言って本当に、ヘロウは店を出て行ってしまった。一人取り残されたパコは、顔にいくつも入ったしわをさらに深くしながら、大きくひとつため息をつくのだった。

 

「号外だあッーー!! モダン・デルトロが射殺ッ―!!!」

夏のクソ熱い日の朝だったか、薄緑のシャツに汚れた黒のジャケットを羽織り、道頓堀の隅で寝っ転がっていた小太りのメイヤーという30過ぎの男は、新聞売りの少年の、声変わり前のまだキンキン響くその声に二日酔いの頭を震わせられて目が覚めた。

「おいガキ、一部くれ」

メイヤーはかすめ取るように少年の手から新聞を奪う。ざっと目を通してみると、どうやら大富豪で慈善家のモダン・デルトロが何者かに強盗殺人されたようだった。凶器は今時珍しい火薬式の自動拳銃、場所は新中之島の森林ビル287階らしい。新中之島と言えばここ旧大阪でも1、2を争うオフィス街であり、そんな人目の多いところで殺人が行われたということで、そのエリア一帯には緊張感が走っているということらしい。メイヤーは読み終わった新聞を道頓堀の水の中に丸めて捨て、地下鉄の駅へと向かう。もちろん、火事場泥棒の為であった。

電車はもうそろそろ昼になるということで、朝のような様子ではなかった。メイヤーは優先席にドカリと腰を下ろし、ラジオで適当にニュースを流す。ニュースでは昨日の飛び込み自殺を例にとり、最近の地下鉄の遅延について話していた。男の方のアナウンサーが、さて、と言って別の話題に移ろうとしたときに、

「新中之島~、新中之島~、右側の扉が開きます」

と電車のアナウンスが鳴った。ぽろぽろと降りる、重役出勤のような見た目をしたおっさんと同時に、メイヤーも電車を降りた。地上に上がると、歩いているスーツのサラリーマン姿の男たちと同じ量の警察官がそこらじゅうに立っていた。特にモダン・デルトロが殺された現場である森林ビルは入り口からその周辺まで、やたらめったらとにかく警官がうろうろしていた。メイヤーはジャケットのほこりを払い、顎を上げて胸を張り警官群の中に突撃していく。案の定、入り口付近で二人組の警官がメイヤーを引き留めた。

「すみません、今身分確認をさせていただいておりまして」

「デルトロセーフティの本部長、メイヤー・ミケルセンだ。急いでいるのでこれで良いかな」

それだけ言って通り抜けようとするメイヤーの行き先を二人は慌てて塞いだ。

「何か身分を証明できるものはお持ちでしょうか? 社員証で良いので……」

メイヤーは震える手でゆっくりと財布から自身の登録カードを取り出す。もちろんメイヤーはデルトロセーフティの本部長であるわけもなく、苗字もミケルセンなんていう高尚なものではない。よってこの登録カードを真正面から見られたら終わりである。よって財布から取り出すのはできるだけゆっくりする、時間を稼ぐ動きだった。

(四つ、ならギリ大丈夫か、クソったれ…)

メイヤーは心のなかで毒づきながら警察官二人の目玉に意識を集中させる。そして、

「あったあった、これです」

とメイヤーは彼らの前にカードを差し出した。目の前に出されたそれを彼らは覗き込んだ。しかし、彼らの眼は彼らの意思に反して左右の眼がそれぞれ右へ左へじろじろ動き続けるせいで、焦点が合わずカードの内容を捉えることが出来ない。そして、彼らの眼のコントロールが付かないうちに、メイヤーは、

「さて、そろそろいいかな。会議があるものでね」

と言って二人の間を華麗なステップで通り抜けた。残された警官二人は不思議そうに顔を見合わせ、ビルの中へ足早にかけていくメイヤーの後姿をぼんやり目で追うだけだった。

 

メイヤーには昔から特殊な力が宿っていた。メイヤー自身がその能力に気づいたのは自立し、働き始めたころだった。真っ赤な鉄とススだらけの工場で、金属加工のラインの中で働いていたメイヤーは、出来上がった鉄鍋をいつも通り検品所へ運ぶところだった。完成品置き場から検品所までの間には赤く煮えたぎる炉があった。ある日、働き詰めと不眠症がたたって足元がふらふらだったメイヤーは、足を滑らせて炉へと落ちていった。空中のメイヤーは背中に特大の熱を感じながら、天井から吊り下げられているワイヤーに祈った。もしあれが、ここまで伸びてきてくれたら、と。メイヤーの祈りは届いたのか、いきなりワイヤーをつるす滑車が回転し、蜘蛛の糸のようにメイヤーへ手を差し伸べた。この日、メイヤーは自身の幸運に感謝した。しかし、その日の夜、滑車のことを考えながら寝ていると、汚い住み込み働き用の集団部屋の中央に備えられた電球が外れ、部屋の真ん中で砕け散ったのだ。

「だれかがいたずらに回してて外したりしなければ、こんなことは起こらないはずだ」

夜中のもめごとに見るからにいらいらしながら工場長が部屋の全員を整列させ、鞭を持って怒っているときに、メイヤー少年は思った。

「これは僕の特殊な能力なのではないか」

怒っている工場長の後ろ、部屋のノブに意識を集中させる。回れ、そのメイヤーの意思に従うように、ドアノブはぐるりと回って見せた。メイヤーはその特殊能力でその町一番の金持ちの家に忍び込み、次の日の夜にはぱんぱんの財布と共に別の街行きのバスに乗っていた。そうして、時間は今、デルトロセーフティのメインロビーを抜け、人目を気にしながらメイヤーがエレベーターに乗り込んだところに戻る。

 

メイヤーの乗り込んだエレベーターは上に上がるにつれてどんどん人がいなくなっていった。一階時点では20人ほどはいた人々も二階の「営業部」で半分降り、三階の「企画部」でまた半分降り、あとは全員5階の「人事部」で降りたため、社長室であり犯行現場である最上階に着くまでにはまだかなりの時間がありそうだった。警官二人の眼を左右やたらめったらに「回転」させて少々疲れていたメイヤーは、ストレッチをしながらエレベーターの小さな箱の中でぼんやりしていた。メイヤーが退屈しだしたのを知ってのものか、現在の階を表示する脇のモニター上に、デルトロセーフティのcmが流れだした。

「キャシー、君は知ってるかい?」

「何をよ、ケビン?」

「勿論あれさ!」

「「デルトロセーフティ!!」」

「デルトロセーフティの警備員はあなたの家や財産を無法者から守ります!」

「デルトロセーフティの金庫があなた以外に開けられるなんてことは、絶対にないわ!」

「「さぁ今こそお電話を!!01290‐587‐587。ゴハナ、ゴハナ!!」」

無理やりで意味のほとんどない語呂合わせでコマーシャルは終わった。それにしても可哀想なものだ。「無法者から守る」をアピールしている企業の社長がその無法者に殺されているのだから。世界で一番安全と思われている企業の社長が殺された、というのもこれが「号外」だった理由の一つだったんだろうなぁ、とメイヤーは考えた。エレベーターのモニターがもう一度例のコマーシャルを流しかけるかというところで、チン、という軽快な音がなり、エレベーターのドアが開いた。目の前には社長室へのドアと、その前に立ちはだかる警備員が一人。

「すみません、今ここは立ち入り禁止にさせていただいております」

警備員がその台詞を言い終わるか言い終わらないかの内に、メイヤーはスーツの内ポケットから取り出したシリンダー銃で警備員の頭をぶち抜いた。小さな大砲のような発砲音が、最上階の上等な吸音壁に染み込んでいく。メイヤーは銃をポケットの中に再び押し込んで、頭の欠けた死体をまたいで社長室のドアを開けた。

 

社長室は赤い絨毯が一面に敷いてあって、壁には一面の棚があり、分厚い本が飾られていた。しかし、その一部は争ったような跡と共に地面に転がっていた。メイヤーがぱっとあたりを見渡すと、絨毯と分かりにくくはなっているものの、血痕のようなものも分かる。さらに絨毯の毛の立ち方からも足さばきが見え、犯行の流れが少しずつ見えてくる。犯人は一人、ドアから入り、まず一発目を撃つが、社長はそれを辛うじて避ける。弾丸が右の壁に刺さっているし、入り口の絨毯の毛が他の場所より沈んでいて、見るからに衝撃が他より強い行為があったことが分かる。次に社長はデスクの上の電話に手を伸ばそうとして二発目を打ち込まれる。デスクの血の散り方的、ものの散らかり方的に、ここで初出血だろう。そして痛みをこらえて本棚の方へすり足で移動し、そこで頭を打たれて死んでいる。絨毯のシミに、よくよく見れば血と肉のほかに脳みその欠片が付着しているからだ。そのあと犯人は何かを探すかのように部屋の中を歩き回り、お目当てのものが見つかったか見つからなかったか、とにかく部屋から出ていった、これが今回の事件の大筋だろう。さて、とメイヤーは考える。犯人の探し物は何なのだろうか。犯人と同じように、社長室をゆっくりと回ってみる。すると、正面からでは見えなかったが、金庫があるのを見つけた。期待たっぷりにそれを開けるが、中身はとっくに空だった。露骨に肩を落とすも、仕方ないか、と思い、ポケットにデスク上の高そうな文鎮や万年筆をメイヤーはポケットに捻じ込んだ。

「あの、その金庫の中身、気になりませんか」

真後ろからかけられたいきなりのその声に、メイヤーは腰を抜かしながらその方向に銃を向ける。銃口の先には、まだ若い17ぐらいの少年が慌てた表情で立っていた。

「いつからいたんだ」

撃鉄を上げて、メイヤーはゆっくり立ち上がりながらそう尋ねた。油断していたとはいえ、そう簡単に背後を取られたことにメイヤー自身かなり驚いていた。

「あ、あなたが入口の警官を撃ち殺したときから…」

おずおずと少年は答えた。しょうがない、そこから見られていたなら、殺すほかにはないだろう。メイヤーは引き金に指をかけた。

「さっきの、金庫! あれに入ってたのは、地図なんです。モダン・デルトロの隠し金庫!! 聞いたことないですか!?」

少年はメイヤーの様子に恐れて、べらべらと聞いてもいないことを喋り出す。しかしその中に含まれていた、「モダン・デルトロの隠し金庫」という言葉に、メイヤーは眉をあげる。

「モダン・デルトロの隠し金庫は都市伝説だ。実際俺のダチも、俺も探したがどこにもなかった」

「いや、隠し金庫はあります。都市伝説なんかじゃありません」

確信の入った顔で少年は答えた。

「じゃあ、中身の噂は、どうなんだ」

メイヤーが依然として拳銃を少年の顔に突き付けながら尋ねる。

「それは、僕も知りません。まだ言ったことがないので」

「それならしょうがねぇ、お前はここで死ぬことになるな」

メイヤーがそう言うと、少年は仕方なしと言った感じでポケットに手を突っ込む。注意深く、少年はメイヤーの眼前に一枚の紙を差し出した。その若干黄ばみがかった月日を感じる紙には線が幾重にも重なり合っていて、まるで碁盤の目のようになっている図が書いてあった。メイヤーは、あの伝説だと思っていたモダン・デルトロの隠し金庫がどんどん現実的なっていくのに、ごくりとつばを飲み込んだ。

「これが、地図のコピーです。あくまで僕の記憶で再現したものなので、赤丸の場所は僕の脳内にしかないので撃ち殺すときはお気をつけて」

自分自身を人質にしてそう語る少年から、メイヤーはおずおずとそれを受け取った。

「だがお前、なんで俺にこんなもの渡すんだ?」

「そりゃあ、警察が役に立たないなんてこと我々警備会社が知らないわけないじゃないですか」

少年は笑って続ける。

「それにあなたは見た所かなり優秀だ。ベテランだし、確実にウチの誰より強い。ただのコソ泥に収まらない才能を感じる。だから社長を殺したクソ野郎より先に二人でそれを分捕っちまおうという考えです」

少年は妖しくほほ笑んでそう言った。そしてメイヤーに向かって手を差し伸べた。メイヤーも銃を向けたまま、その手を取った。

「僕はダン、ダン・クロフォードです。あなたは?」

「俺はメイヤーだ。金の配分はどうするんだ」

ダンは少し考えるそぶりをした後、「7-3で」と言った。

「4,いや5は貰うぞ、なにせ俺はこんなこと別にしなくてもいいんだからな」

話し込んでいるうちに、メイヤーは視界の端にあった現在のエレベーターの階数表示がどんどん上がってきていることに気づいた。見張りの交代時間が迫っているのだろう。

「もういい、4-6だ。これ以上は譲歩しない」

メイヤーは焦りながらそう言う。

「いいでしょう」

余裕たっぷりにそう言ったダンを、メイヤーはひっつかんで走り、非常階段の扉を蹴破った。そしてちょうどその金属製のドアがメイヤーとダンの背後で閉まると同時に、チン、という小気味いいエレベーターベルの音と、男が死体を見て叫ぶ声が最上階に響いた。

 

モダン・デルトロを撃ち殺して、ヘロウは足早に隠れ家へと急いでいた。普段の依頼ならここで終わるのだが、今回の依頼はその続きがある。金庫を開いて出てきたこの地図から、モダン・デルトロの隠し金庫の場所を探し当てないといけないのだ。隠れ家に帰ってきて、先ほどからずっとこの碁盤の目のようなものとにらめっこをしていたのだが、一向に解ける気がしない。仕方なく、何かヒントがないものかと依頼の時、パコから拳銃と同じタイミングでもらったファイルを再び見てみる。ファイル内にはビルの中の警備体制や、監視カメラの場所などが詳細に書かれていた。そして、建物などの次の項目は「警戒すべき人物について」だった。そこには、モダン・デルトロのほかに、もう一名の名前が掲載されている。そこには「社長秘書」であるダン・クロフォードの名と隠し撮りしたのであろう顔写真が貼ってあった。17,8ぐらいの金髪で華奢な美少年で、どうにも彼が危険分子だとは考えられない。しかし、「見た目で舐める」ことこそ、この業界では十分死因になりえる。

「できればあの時に殺しておきたかったが…」

高層ビル街から少し離れたバラックのような隠れ家の中に、ヘロウのため息が響く。書き添えられた赤文字には「遺産狙いのカマホモ野郎!ケツに注意!」とある。

「遺産狙い、か。モダンが死んだんだ、絶対に追ってくるな、こいつは…」

ヘロウはもう一度、大きいため息をついた。

「妙な動きをされる前に、先に殺しておくしかないか」

地図の謎はそのままに、とりあえずヘロウは持っていた拳銃に弾を込めた。その手つきはまだ見ぬ「警戒すべき人物」に対し、どこかウキウキしているようにも見えた。

 

「これは、おそらく間違いなく第一京都の地図だな」

デルトロセーフティの本社ビルから逃げるように早足で歩きながら、メイヤーはダンから受け取った地図を太陽に透かしながら言った。

「なんで京都なんです」

「碁盤の目みたいに見えるだろ? こういうのは十割十分第一京都なんだよ」

メイヤーは自信ありげにフン!と鼻を鳴らす。背後の本社ビルには辺り一帯の警官がぞくぞくと集結しているようだった。周囲にあふれる非日常感にキョロキョロ辺りを見回すダンに真っすぐ前だけを向かせ、二人は地下鉄の入口に吸い込まれるように進んでいった。その二人を、じっと見つめる坊主頭の警官服の男が一人いた。

 

「全員俯いて何してるんですか?」

地下鉄の車内でダンが周りをじろじろ見ながらいった。

「地下鉄なんて下等なもの乗ったことないってか? ラジオだよ、ラジオ」

メイヤーがそう言うと、ダンはなお「?」のような顔をするので、もうそこで説明をあきらめた。

「この電車はどこに向かっているんですか?」

メイヤーは顎で電光掲示板を指した。そこにはオレンジのLEDで「京橋」と表示されている。

「京橋に着いたらどうするんですか?」

「うるっせぇなさっきからウダウダよぉ! 黙ってついてこいやクソガキ!」

キレたような口調でそう言うメイヤーに、ダンも言われっぱなしではなく食って掛かる。

「僕にだって知る権利はあるはずですが? だいたい、あんたは隠し金庫の場所を知らないんだから、僕に従ってもらいたいぐらいですがね」

「何だと、クソガキ? そんなもんてめぇの指を一本一本へし折りながらゆっくり質問して聞き出してもいいんだぞ? それをお前、温情で生きてられてるってことに感謝しろよ?」

がるるる、と二人でいがみ合っていると、進行方向側の車両から警官の姿の坊主の男が一礼して入ってきた。

「切符をまだお持ちでないお客様は、車掌にお申し付けください。お乗り越し生産も、同じく車掌にお願いいたします」

にこやかに坊主のその男は言った。メイヤーはさっきの社長室の時のようにダンの襟首をつかんだ。

「何するんです、まだ京橋じゃないでしょう」

邪魔くさそうにダンがその手を振り払おうとする。その子供の力による抵抗を大人の膂力で抑え込みながら、ASMRのように囁く。

「次の駅で降りるぞ、それと、俺の後ろにいろ。死ぬときは金庫の場所を言ってから死ね、いいな?」

真剣そうなその表情に面食らって、ダンは無意識にうなずいていた。メイヤーは立ち上がり、向かってくる坊主に対面した。そして、坊主に向かって言った。

「まさかまさかだ、あのヘロウがまだ死んでなかったとはな」

「そっちも元気そうだな、メイヤー。悪いが仕事でな、退いてもらえるか」

お互いが服の中にある獲物に手をかけ、いつでも発砲できる状況だった。

「退いたらいくらくれるんだ。こいつは4-6だと言ってる」

メイヤーは背後にいるダンを指さしながら言う。ヘロウはやれやれと言った感じで返事する。

「お前も例の地図の話を聞いてしまったんだろう? だとしたら、悪いが貴様にやれるのは、ここで苦しまずに殺してやる権利だけだな」

言い終わるか言い終わらないかの内に、二人が同時に発砲した。お互いの弾は超スピードで敵の体へと迫り、それぞれ各人を避けるように歪なカーブを描いて窓ガラスを撃ち抜いた。乗客は一瞬遅れて状況を判断し、悲鳴を上げて縮こまる。メイヤーとヘロウが車両端にそれぞれ陣取っているため、前門の虎後門の狼状態なのだ。

「相変わらずだな、ヘロウ」

冷や汗をかきながらメイヤーは言う。ちらりと横眼で外の景色を見れば、もうすぐ次の駅へ着くといったところだった。

「お前は俺には勝てないさ、なんてったって俺はお前の上位互換なんだからな」

自信ありげにヘロウが言う。メイヤーは内心でクソほど焦っていた。自分一人なら少なくともここから生き延びることは出来る。しかし、背後にいる足手まといを守りながら進むのはほぼ無理ゲーといっても過言ではない。

「まもなく、大阪城跡、大阪城跡。左側のドアが開きます」

プシュ―という蒸気の抜ける音がして、左側のドアが開く。乗客が開いているドアから逃げるように走っていく中、二人はまだにらみ合っていた。二人とも、機を待っていた。そしてホームに甲高いドア閉鎖の笛の音が鳴る。その音の頭を捉え、メイヤーはダンを電車外に放り投げ、自身も滑るようにホームに転がり降りた。ヘロウの方は閉まるドア越しにドン、ドンと銃を撃ち込んでくるが、二人は丸まるようにホームを移動し、改札機に隠れた。電車はヘロウを車内に残したまま、発射する。いつの間にかメイヤーの服をぎゅっと握っていたダンが早口でまくし立てた。

「あれは知り合いですか?なんで弾が運動法則を無視したんです?これからどうするんですか?」

「うるっせぇな! 俺はおめぇの教師でもないんだよクソガキ!! とにかく逃げるぞ、いいな!」

そう言って再び自分の襟をつかんでくるメイヤーに、ダンは去り行くヘロウが乗った電車を見ながら抗議の声を上げる。

「ひとまず休憩しましょう、足が震えて…」

ほっとして気が抜けたのか、ダンの足はまるで生まれたての小鹿、死に際の老人のようにプルプル震えていた。

「まぁ少しくらいなら…」

メイヤーがそう言った瞬間に、電車の方からバン!とけたたましい銃声が響いてくる。視界の奥で順調に進んでいたはずの電車が、緩やかに停車していく。

「運転手を撃ちやがった! 急ぐぞガキ!」

ダンは今度はメイヤーのこちらを引っ掴もうとする手を避けて、聞いた。

「でもどこに!」

ダンのその問いに、場違いにもニヤニヤ笑いながら今度はきちんとメイヤーは答えた。

「ここは大阪城跡、大阪城跡飛行場だぜ?」

 

大阪城跡飛行場。第四次世界大戦で日本軍の本土決戦においての一大基地の一つであった。大阪城と言う比較的広く、比較的大阪中心部から離れた土地を、日本政府は大掛かりに整地し、来る本土決戦においての一大拠点として使おうと企てていた。しかし、その基地が完全に出来上がってしまう前に、東京に14発の核爆弾がおとされ、政府は降伏を宣言した。もちろんその降伏は聞き入れられず、アメリカ、ドイツ率いる連合軍が日本全土を完全に叩きのめしたのも記憶に新しい。その後、「一機も戦闘機を飛ばせなかった飛行場」として、皮肉にも平和記念館と記念公園が建てられることになったのだ。そんな平和祈念館の前に、息も荒く玉のような汗を皮膚から生み出しつづけ、顔を真っ赤にしている男が二人いた。マイヤーとダンである。

「死ぬ、死ぬ、もう走れないです…」

「走らなきゃ、ぜぇ、死ぬぞ、クソガキ…!」

2人とも普段の不養生(メイヤーは酒浸り、ダンはiPadより重いものを持ったことがない)が祟って、ありえないほど体力がなかった。しかし、神経の辛さを取っ払ってでも走らなければいけない理由が彼等にはあった。

「記念館の、はぁ、中に入れ、クソッ!」

「今、僕の事クソって言いました?」

「いいから、進め、ガキ!」

記念館の中に入ればそこには大きな地球儀が彼らを出迎えるようにそびえていた。室内は外の夏の暑さを忘れられるほどキンキンに冷房が効いていて、二人の汗が凍えていく。

「で、入りましたけどどうするんです?」

気化熱による寒さに体を擦りながらそう尋ねるダンに、メイヤーは自信たっぷりに上を指さした。

「いや、あれって…」

その指の先に会ったのは、天井からワイヤーで吊るされている真っ赤な複翼機。あくまでレプリカで、エンジンなど入っているわけもない。しかし、メイヤーは言った。

「あれをここから飛ばすぞ、昔から一回やってみたかったんだ」

メイヤーはウキウキしながら地球儀を登り始める。地球の頂上まで登ったメイヤーは振り返って、

「ほら、急げクソガキ、置いてくぞ」

とまだ地面でうだうだしているダンにそう声をかける。ダンも戸惑いを捨て、覚悟を決めて地球儀を登り始めた。

「あなたには言ってなかったんですが、」

震える足でオーストラリア大陸に足をかけながらダンが言った。

「実は僕、高所恐怖症で…」

泣きそうな目でこちらを向く彼にメイヤーはやれやれと言った感じで言った。

「俺だけ見てさっさと登って来い、ガキ」

 

ダンがようやく地球を登り終えたころには、メイヤーはもうとっくにシートベルトまで付けていた。

「手を掴め、引き上げるぞ。よいしょっと」

ダンの小柄な体がメイヤーに引きあげられる。ダンは抵抗することなくひょいと上がり、後部座席に落ち着いた。

「いいか、今から俺がこいつのプロペラを回す。十分回って、俺が良しと言ったらそことそことそこのワイヤーをお前が撃て」

メイヤーはそう言ってダンに自分の拳銃を渡した。

「でも、エンジンも入ってないこんなレプリカのプロペラが回るわけないですよ」

「そこは任せとけ、奴を撒き終わったら、ちゃんと説明するから」

メイヤーはそう言い、黄色にペイントされたプロペラに集中する。ゆん、ゆん、ゆんゆん、とゆっくりとプロペラが回り始める。

「そんな訳が…」

ダンが絶句するのもそばに、どんどんプロペラは加速していく。ひゅん、ひゅんといっていた風音が、しゅるるるると言った一つの風音に収束していく。真っ赤な機体が前へ前へと進み、ワイヤーがぐんと前に張った。

「よし!」

メイヤーが叫んだ。ダンはリボルバーの照準をしっかりと覗き込み、見事3発、ワイヤーを打ち抜いた。機体はワイヤーによる枷を失い、急発進をする。突進する牛のように、その飛行機は玄関のガラス窓に向かって猛進する。

「突き破るぞ、掴まれ!」

勢いそのまま、そのレプリカは外へ飛び出した。入口付近に、ヘロウの姿が見えたが、そのまま彼の姿は後方へ流れていった。

「飛んだぞ、ガハハ!!」

メイヤーはまるで子供のようにはしゃぎ、ダンは後部座席で目を閉じガタガタブルブルと震えていた。

「いざ行かん第一京都へ!」

夏の日の青く澄んだ空に、誰も飛べなかった飛行場から、飛ぶはずもない飛行機が一機、飛び立った瞬間だった。

 

「ダン、よく聞け、この機は墜落する」

京都に向かい出発してから30分ほど、メイヤーが重苦しく口を開いた。依然として複翼機は空に浮かんではいるが出発当初ほどの勢いはなかった。機体は微振動を繰り返し、いまにもどこかのパーツが吹っ飛んでいきそうだった。

「だから僕は反対したんだ!クソっ!」

後部座席で丸まりながらダンがそう悪態をつく。

「池探せ、クソガキ!死にたくないんならな!」

メイヤーはそう言って、高所恐怖症のガキに無理やり外を向かせる。潜望鏡のように最小限だけ目を外に出して周囲を見渡していたダンが、右斜め前を指さして、

「池あった!池!」

とあらん限りの大声で叫ぶ。メイヤーはそこに向かいゆっくりと減速し、減速し、そして限界まで頑張った機体は、池の上空4メートルで空中分解した。

 

田舎駅の、ぽかぽかとした陽気。地理的には、京都の端あたりだろうか。メイヤーとダンの二人は全身びしょぬれでベンチに座り、来る電車を待っていた。

「そろそろ質問に答えてよ」

ダンはメイヤーを小突いた。

「何だっけか、命からがらすぎて、忘れちまったな」

メイヤーは朗らかな陽気に当てられて、ふわふわした気分のままそう答えた。

「あれは知り合いか?なんで弾が運動法則を無視したのか?これからどうするのか?だったけど、最後の一つはもう答えなくていいよ。最初の二つだけ、教えて」

「そう言えばそんなこと聞いてたな、ちゃんと答えてやるよ。これからのために、奴のことを教えとくに越したことはないみたいだしな」

そう言って、メイヤーは話し出した。あの坊主の殺し屋、ヘロウについて。

「まず一つ、今からするのは全部あくまで噂話だ。本当かもしれないし、荒唐無稽な嘘かもしれねぇ。ヘロウの事は、奴はヘロウって呼ばれてるんだが、それぐらい情報がないんだ。俺だって今日会うまで、死んだと思ってたさ」

ヘロウの生まれはアメリカで、父親が軍人だった。戦争の終結とともに日本に移り住んだ多くの人の内の一人で、その頃はごく普通のガキだった。その後、父親がおかしくなったか、妹がおかしくなったかで、どうやら奴の家はバラバラになっちまった。そうして、流れ流れて生きるすべを探すうちに、殺し屋に落ち着いていたらしい。まぁそれはよくある話だ。奴の特筆すべき点は、奴にも、世にも珍しい「特殊能力」が宿っているということだ。

「奴にも?」

ダンはメイヤーを振り返って聞き返した。

「お前の思っている通り、奴の持っている能力はそっくりそのまま俺も持っている。能力の内容は『回転』だ」

メイヤーは自身の生い立ちをダンに話した。

「奴には俺と同格、いやそれ以上のパワーがある。昔あいつとちょっとしたことで喧嘩して、ボコボコにやられたのも今となっちゃ思い出だ」

「ちょっとしたことって?」

「床屋で雑誌の取り合いさ」

あの時は若かったな、とメイヤーが懐かしむように笑う。と、緑の向こうから地面を叩くような轟音が走ってきた。

「さ、一つ隠し金庫でも暴きに行くか」

ゆらりとメイヤーが立ち上がり、ダンも追うように立ち、やってきたクリーム色の車両に乗り込んだ。

 

ゆらり、ゆらりとリズミカルに揺れる電車に眠気を誘われ、二人は眠気に襲われた。しかし、ダンが寝ようと思うと、懐の中の違和感に眠気を阻害される。取り出してみれば、それは先ほどメイヤーから預かっていたリボルバーであった。戯れに、それをすやすや眠るメイヤーに突き付けてみる。妙に安心しきった顔と、銃口。ここまで来たら、こんな危険要素まみれの男、殺しておいた方がいいんじゃないだろうか。そんな考えが聡明なダンの脳裏をよぎる。しかし、口の端で少し笑った後、ダンはメイヤーの内ポケットに拳銃を、おこさないようそっとねじ込んだ。

 

「終点、第一京都~、第一京都~。お出口は左側のドアでございます」

車掌のアナウンスで、いつの間にか眠っていた二人は目を覚ました。そして起き抜けにメイヤーが一言、

「さて、案内してもらおうか」

と、ダンに拳銃を突き付けて言った。

 

ダンを前に歩かせて、二人は京都の入り組んだ道を右へ左へ何度も折れ曲がりながら進んだ。

「おいお前、時間稼ぎしてるんじゃねぇだろうな」

メイヤーが後頭部で銃をちゃきちゃき言わせながら尋ねる。

「違う、ちがう、そんなはずじゃ…」

段々苛立ちだすメイヤーの一方、ダンの顔は今まで見たことないほど青ざめてきていた。

「どうしたお前、元からそんな顔だったか?」

心配するようにメイヤーが聞くと、蚊の鳴くような声で小さくダンが答えた。

「…ないんだ」

「なんつった?聞き取れないなぁ?」

「だからっ! 無いんだよ! 赤丸は絶対、付いていたはずなのに!」

泣き叫ぶような声で彼はそう言った、いや、実際ダンは泣き叫んでいた。

「無いって、お前、モダン・デルトロの隠し金庫の話はやっぱり都市伝説なんじゃねぇか!」

「違う、そんなわけない、僕が社長に聴いてた話と違うじゃないか…。あんなに地獄みたいな日々を耐えて秘書にまでなったっていうのに…」

抜け殻のようになり、ダンは恨み言をブツブツとうわごとのように繰り返す。第一京都の町は無情であり、誰かが泣こうが喚こうが誰も気にしない。正確に言えば、一人を除いて誰も気にしなかった。

「飛行機の飛んだ方向的に第一京都あたりだと思ったが、予想が的中してよかったよ」

ヘロウが右の辻の奥から、こちらに向かってスタスタと歩いてきた。

「やっべェ…!」

メイヤーがダンの襟首を持っていつものように動こうとするも、彼の体は頑として動かない。

「くそッ、勝手にしやがれ!」

とダンを捨て一人で駆けるメイヤーだが、行く手全てにヘロウにネジを「回転」させられてゆるんだ室外機が、雨のように降り、壁を作った。

「さて、」

ヘロウがダンの頭に銃口を突き付けた。

「悪いが、君達には死んでもらおうか」

 

メイヤーは今にも発砲してしまいそうなヘロウを収めるため、自分が持っていた地図のコピーを投げ落とし、そのまま地面に膝をついた。

「もう俺たちの負けだ。いや、俺は負けちゃいないんだがそこのクソガキが勝手に降伏しやがった」

メイヤーは顎で恨めしそうに突っ立ったまんまの抜け殻人間を指した。

「メイヤー、お前はいつも相方に恵まれないな、全く」

ヘロウは残念そうな声で言い、目の前の、目の焦点を失うように立っている少年に声をかけた。

「ダン・クロフォード、隠し金庫は見つかったか?」

ダンは依然ぼうっとしていて、満足に答えられそうな様子ではなかった。

「おいメイヤー、死んでるのかこいつは?」

「いや、生きてはいるはずなんだがなぁ。おい、クソガキ返事してくれよ」

しかし、ダンは固まったように動かない。

「ちっ、埒が明かないし殺すか…」

ヘロウがしびれを切らしてダンを殺そうとするとき、メイヤーが何の気なしに見つめていた、ひっくり返ったコピーの地図が、メイヤーの脳みそに雷をもたらした。

「すまん、申し訳なかった!! もう俺も、もちろんそいつも隠し金庫は探さねぇ! だからそいつの命だけは助けてくれねぇか!」

次の瞬間、メイヤーはあらん限りの力でヘロウに向かって土下座をした。この場を何とかするための、確実な敗者による完全な勝者への圧倒的な乞い。意地汚くも生き残ろうとする泥棒精神を感じさせるようなその土下座で、メイヤーはヘロウに命乞いをしたのだった。

「今更なんだ、もうお前らは引き返せないとこまで来てるんだ。殺した方が得策だろう」

ヘロウが当然の指摘をする。

「いや、いや。俺だってただ巻き込まれただけなんだ、俺なんてただそのガキのボディーガードをしてただけなんだぜ、ホントに。俺は京都まで案内するのが仕事で、そのガキだけが詳しい場所を、アンタの持ってる元本だけに記載されている赤丸の場所を知ってるんだ」

ヘロウは銃をかめた右手を動かさず、左手で懐をまさぐり、オリジナルであろう地図をちらりと見た。

「第一、俺がもし詳しい場所まで知ってたら、どうしてこんなガキ一人殺さずにここまで来る? こんなしょんべん臭いガキのおもりをさせられた挙句にそのまま死ぬなんて、勘弁してもらいてぇよ」

泣きそうな声で、メイヤーは必死に取りついた。その主張にある種納得したようなヘロウは、一つうなずく。

「では、このガキだけを殺すとしよう」

「待った!待った。そいつを見てみろ、まだ若いし、しかもそんな、心神喪失じゃねぇか。殺す価値もねぇよ、なぁ。俺たちもガキの頃は辛い思いをしてきただろう、そいつだって同じはずさ、だからどうか、なぁ頼むよ」

ヘロウは苦虫を嚙みつぶしたような顔をした後、舌打ちを大きく一つした。

「要警戒と聞いて嬉しくなっていたのに、所詮はこんなものか。もう興もそがれた、私も早く仕事を済ませたい。今すぐ消えろ、屑共」

足元にすり寄るように感謝するメイヤーをヘロウは足蹴にする。

「本当に、すまなかった、ヘロウ様!」

メイヤーと彼に引きずられるようになっているダンは、媚びて媚びて媚び倒しながら、ヘロウの目の前で大阪へ戻る特急電車に乗り込んだ。

奴の姿が消えたことを確認して、メイヤーはダンに明るく笑いかけた。

「安心しろクソガキ、隠し金庫は実は京都にはないんだ」

ダンがうつろな目に再び感情をうっすら浮かばせながらメイヤーの方を向いた。

「隠し金庫のありかは、実は大阪だったんだ。あの碁盤の目みたいな地図は京都の事を言ってたんじゃない、あれは旧大阪地下鉄を表していたのさ」

 

ダンが今にも脳みそを撃ち抜かれそうになったあの時、俺はまぁこいつが死んで、自分だけはどうにか生き延びてやろうって思ってたさ。さっきみたいに土下座でも何でもしてな。それがどうだ、地面にひっくり返ったあの紙、どっかで見覚えがあるんだ。昨日も、今日も、多分明日もどこか目の端っこ辺りで見る記号な気がしたのさ。どこで見たっけ、と思えば、駅だった。旧大阪地下鉄の地図だったんだよ、あれは!口ぶりから多分ヘロウの野郎は俺たちを追って第一京都まで来て、あの地図を疑うこともなく「第一京都の地図」だと思ってるはず。それなら、お前を助ければ、ヘロウの野郎を出し抜きつつ財産も頂ける可能性もあるかもしれないって訳だ。そこに全ベットしたら、見ろ、これだ!大成功さ!今頃ヘロウの野郎は第一京都をあてもなくうろついてるさ。もともとパズルとかが得意な奴じゃなかったからな。

メイヤーが上機嫌に饒舌にべらべらと喋る。その台詞に合わせて、ダンの顔色もどんどん明るくなっていく。そして最後、二人はハイタッチするほど大興奮で言った。

「「待ってろ、隠し金庫!!」」

 

「この駅の奥なはずだ、僕の記憶が正しければ」

2人は地下鉄「四天王寺前夕陽ヶ丘」のホームのへりに訪れていた。平日の夕方と言うことで、ホーム一帯には大勢の人間の疲れたフェロモンと汗のにおいが満ちていた。二人はその嫌な臭いから逃げるように線路に侵入するのを防ぐ柵を乗り越え、線路へ降りていく。線路の中は薄暗く、電車の誘導灯を頼りに壁を伝って進んでいく。

「もうすぐそこ、あともう少しだ……!!」

ダンがはねる心臓の音を抑えるようにあえて静かに言う。メイヤーが電車の往来を警戒しながら進んでいて、前を向くと、そこにはさっきまで目と鼻の先を歩いていたダンの姿がなかった。慌てて周囲を確認すると、自分の右側、今まで壁だったところからニュッと細い腕が伸びてきて、誘導灯のない闇の通路に彼を引き込んだ。そのまま15メートルほど闇の中を二人が恐る恐る進むと、バチン、バチンという音と共に天井のライトが点灯し、二人の前に見上げるほど大きな黄金の金庫が現れた。巨大な円形のダイヤル錠に柱ほどの大きさのあるつっかえ棒。そのあまりにもな威容にダンは期待に息を吸い、メイヤーはうっとりして息を吐いた。

「これが、あの伝説のモダン・デルトロの隠し金庫…」

メイヤーが溢すように言うと、

「本当に本当に、想像以上だ…」

とダンが金庫に向かって駆け寄った。出遅れたメイヤーも同様に金庫に向かって子供のように駆け出す。

「今、今開けるぞ」

メイヤーがダイヤルに全神経を集中し、巨大なダイヤル錠がまるで生物かのようにゆっくりじっとりと動いていく。

チン、その音はとても小さく、甲高かった。

「来るぞ、来るぞ、来るぞ」

期待のこれでもかと詰まったその言葉がどちらのものだったかは分からない。どっちだっていいだろう。二人とも言わないにしろ同じ思いなのに違いはないのだ。

ぎゅぅーんという金属のこすれる音がコンクリートに反射してエコーする音が周りに響く。そして扉が開いて、金庫の向こう側にはもう、彼らの期待するすべてがあった。金貨銀貨、金細工に絵画、酒、陶芸品に刀、その他すべて、この世に価値あるものの全てが、そこには収められていた。

「勝った!勝ったぞ俺たちは!」

メイヤーが言い、ダンと再度のハイタッチをした。

「これで僕の苦心も報われるんだ!! やったー!!」

ダンも体の全てで喜びを表している。ひとしきり喜んだ後、ポケットに入る限りの金品を詰め込んだ後、いったん金庫を後にしようと金庫を跨いだ時だった。

メイヤーの眼に、ありえないものが映った。

地下鉄の通るトンネルに設置されたランプの光が揺れているのだ。いや、揺れているのではない、それは確かに「人影」だった。

「やはりな、俺は謎解きはさっぱりだがお前の事なら詳しいんだ。血も涙もないお前が、ただの感情論なんかでガキを助けようとするもんか」

「ヘロウッ!!」

メイヤーはダンをとっさにカバーする。一瞬後、ヘロウの腰元から破裂音が響き、メイヤーの額めがけて金属飛翔体が超高速で飛来した。メイヤーは何とかその弾丸の回転を捻じ曲げて軌道を曲げる。ヘロウはメイヤーに弾を曲げられるのも意に介さずとにかく銃を乱射した。メイヤーが脂汗を垂らしながら集中し、必死に軌道を曲げるのに対し、ヘロウは涼しい顔で銃を撃ち続けるだけだ。二人の距離はじりじりと詰まっていく。ヘロウの自動拳銃のリロードの一瞬をついて、メイヤーも自前のリボルバーを撃ち込む。それを余裕しゃくしゃくの顔で曲げて見せるヘロウだが、次の瞬間にはもうメイヤー達は金庫の蓋の裏側に逃げ込んでいた。

「もう観念しろよ、メイヤー。貴様の悪運もここまでだ。お前の人生を考えれば十分生きたほうだろう」

そう言いつつもヘロウは、二人にプレッシャーをかけ続けるために金庫の蓋に向かって発砲を続けている。ッタァン!という金属が金属とかち合う音が場を支配していた。蓋の裏でひっそり、メイヤーはダンにリボルバーを手渡した。そしてこう言った。

「あの野郎をぶっ殺す策がある。手伝ってくれ、ダン」

 

しばらく蓋に銃撃痕を残すために撃っていたヘロウの前に、メイヤーの手が現れた。蓋の裏からこちらへ向かってひらひらと振られていて、その手にはシャツだったのであろう、白い布切れが握られていた。

「降参だ!降参!ゆっくりそっちに行くぞ、いいか?」

メイヤーの声が蓋の裏から聞こえる。ヘロウは、

「いいだろう」

と声をかけた。メイヤーの体がじりじりと金庫の蓋から現れてきて、彼の右手が現れた、その瞬間。

ッズダァン!

銃声は同時だった。ヘロウの撃った銃弾は腐った地下鉄トンネルの空気を切り裂くように宙を飛び、そのままマイヤーの胸に突き刺さった。それに驚くと同時に、ヘロウは焦っていた。

マイヤーはどこから撃った?

メイヤーは右利き。しかし左撃ちもできる。服の中に隠して撃った可能性もある。どこだ、どこだ、弾丸は。確実に曲げなければ、確実に曲げなければ。どこだ、どこだ、どこ――

思考をスパコン並みの速度で回転させていたヘロウの脳みそを、リボルバーの弾丸が、後ろから貫いた。

「うぅ、いってぇなぁ……。それにしても、よくやったぜ、クソガキ」

胸のど真ん中、心臓を撃たれたはずのメイヤーは苦しそうではあるがむっくりと体を起こす。そして蓋の裏に隠れていたダンをそう褒めた。

「いい腕だ、将来はいい殺し屋になれるぜ。こっから先金に困ることはないだろうから殺し屋になる必要なんてないがな」

「僕はデルトロセーフティの社長秘書ですよ?まかり間違っても人なんて撃つわけないじゃないですか」

メイヤーは若く野心高い少年のその台詞に笑いながら、胴に巻いた金塊をコンクリートの地面に投げ捨てた。

【完】

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