缶コーヒーの記憶

 研究詰めの日々でとうとう頭がおかしくなってしまったのか、周りから見ればそのようにしか見えないだろう。拾ってきた空き缶のごみを研究室に広げて私はそう思った。この実験がうまくいかなければ本当に頭がおかしくなる。拾った場所の座標をラベリングしてある空き缶の一つを装置にかけた。数分の演算ののちこの炭酸飲料の軌跡がモニターに表示される。十四時三十五分での座標を確認する。モニターにはラベルの座標と同じ値が表示されていた。成功だ。私はすぐにほかの空き缶を装置にかけ、再現性と制度の調整に勤しんだ。心の底から喜びが泡のようにこみ上げる。興奮した状態のままあらゆる作業を終わらせた。この物質追跡装置の研究をまとめると同時に、この装置の有用性をより上げるための研究に入ることにした。まずは追跡可能時間の限度について調べることにしよう。現在の最長追跡時間は五時間だ。しかしこれは使用しているコンピュータの処理限度によるものだ。物質はその軌跡をどこまで記憶しているのだろうか。実験のために配送から製造経路までアナログでたどることのできるようにした缶コーヒーの箱を注文した。
いつもの無糖だ。ちょうど研究室にある分を切らしていたので近くの自販機へとむかった。自販機で買うと高いな、そう思いながら、帰り際空き缶が捨てられているのが目に入った。空き缶集めを行ってからというものよくゴミが目に付くようになった。私は善意からそれを拾い上げ、好奇心からこいつがどこからやってきたのかを装置にかけてみることにした。今まで場所のわかるものばかりを調べていたので、初の実証実験というわけだ。画家は息抜きに絵を描くというが研究者も同様らしい。買ってきた缶コーヒーを飲みながら拾ってきた缶コーヒー(微糖)を装置にかける。モニターを見て私は目を疑った。この微糖の缶コーヒーは私が拾いあげる少し前まで空にあったことになっている。高度の算出が甘いのか。私はすぐにコードを確認したが異常はない。「グレース君、ちょっと来てくれ。」わたしは助手のグレースを呼んだ。この装置の演出方法を数分に短縮したのは彼の功績によるところが大きい。「何ですか、川野先生。コーヒーなら今切らしています。微糖ならありますが。」この学生は微糖しか飲まない。今その微糖が私を悩ませているのだ。忌々しい。状況を説明し、コードに異常がないことを確認してもらった。「本当に空から降って来たんじゃないですか。ほら、ハリケーンやらでカエルが降ってくる現象があるでしょう。」確かにその線は有力あり得る。しかし私が驚いたのはこの微糖は2時間ほど同じ場所にとどまっていたことだ。大気中でそのようなことはあり得るはずがない。グレース君もその点について考えることを保留してしまった。
この微糖問題を抱えたまま、注文していた無糖のコーヒーの段ボールを抱えてスーパーコンピュータ、轟と物質追跡装置をつないでいた。「富岳から四年で計算速度が五倍にもなったなんてすごいですね。アメリカのフロンティアの二倍近くあるんですよ、世界一のスーパーコンピュータだ。轟、名前もかっこいい。僕らも追跡装置に名前を付けましょうよ川野先生。」グレースは無駄口が多い。轟による実験が始まり、缶コーヒーというものは生まれてからすべてを記憶していることが分かった。空き缶以外のサンプルも使用してわかったことは、すべての物質はほとんど際限なくその軌跡を記憶しているということだ。不思議なことだが原子などのレベルではなくある程度のまとまりをもった状態で記憶をするのだ。水のような流動体は追跡できないし、車のナンバープレートや、タイヤといったパーツごとでしか追跡することができない。これは大きな発見だったが、実用に何ら支障が出ることはない。しかし困るのはあの微糖問題だ。この装置の正確さが証明されればされるほどあの微糖が空中にとどまっていたことの証明となる。私は学会でこれを装置の不具合ではなく、新たな問題として合わせて学会で発表することにした。
学会での発表からしばらく、様々な分野で微糖問題が議論された、中には装置の不具合を疑うものも少なくなかったが、警察機関などで次々と報告される実証結果の正確性によって次第に消えていった。私自身何度もあの微糖を装置にかけたが結果は変わらなかった。ほどなくして、一通のメールが私に届いた。アメリカの若手の物理学研究者バーンズ博士からのものだった。私はそのメール途中にある文にすぐさま目が奪われた。「四次元方向の座標は表示されていませんよね、あなたはとんでもない発見をした。微糖の座標は並行世界からやってきたものではないでしょうか、、、、」私は詳しく話を聞きたいと思い彼とアポをとることにした。
彼は現在微糖が示した座標の真下で調査船を浮かべながら観測を行っているという。バーンズ博士は実際みると本当に若い。そんなバカげたことに費やすよりも有意義な研究があるだろうと思いながらも挨拶を交わした。「四次元世界は存在します。信じてくれてありがとうございます。」挨拶を終えるなりそんなことをいうもんだから面くれっていたが、実のところ今でも四次元世界に関して半信半疑だ。「といってもピンとは来ていませんよね、説明いたします。」バーンズ博士はこちらの返答も待たずに説明を始めた。「三次元を例出すのは少し間違いがあるのですがイメージとしてわかりやすいです。ここに一枚のコピー用紙があります。試しに太陽系の絵をかいてみますね。」博士は神いっぱいに簡単な太陽系を書いた。宇宙はもっと広いですがとりあえずこれを我々の三次元世界だと思ってください。今この紙はいっぱいになりましたが厚みはありません。もう一枚の紙にも太陽系を書きます。そしてこれを重ね合わせてみましょう。厚みはほとんど変わりませんが、この太陽系同士は干渉せずに重なって存在しています。この話の次元を一つ上げたのが四次元世界の姿になります。三次元世界が四次元方向に重なって存在しているのです。」理解はできるがそんなことがあるのだろうか。「オーケイ、しかし同じように重なる並行世界があるとしたら、あの微糖は別の地球の上空に浮かんでいたことになるのではないか?」私はよくわからないまま質問をしてしまった。少しこの青年の話に興味が出てきたのだ。「いいえ、ぴったり重なっているわけではないんです。このコピー用紙も何枚も重ねれば直方体になるように厚みが全くゼロというわけではないんです。我々の三次元世界も同じで、四次元方向に厚みがあります。そのずれを微糖は証明してくれました。平行世界がほとんど同じ容態であるということと同時にね。」その時、研究室のドアを勢いよくグレースが開けた。「先生!う、宇宙船が、現れました!!太平洋上空、あの微糖が現れたところです!!」私はすぐさまバーンズ博士の方を見やった。「どうやらあちらの方が進んでいたようですね、時間軸の計算は本当に、、、」通信が途絶えた。今日はするグレース君をなだめ、ニュースをつけた。世界中の人工衛星や観測機にその姿を突然表した宇宙船はすぐに消えてしまったらしい。一瞬を捉えたその姿は不完全なところで途切れた船の形をしていた。並行世界は存在する。私は確信した。世界を騒然とさせた宇宙船の目的はいったい何だったのだろうか、バーンズ博士は無事であろうか。調査船の残骸などのニュースは一切報道されていない。私は微糖問題を解決しなくてならない。ブラックコーヒーの缶を開け、コピー用紙に太陽系を描いた。

 

タイトルとURLをコピーしました