第六感覚環世界

掃除の合間教室の窓にもたれて立ち、僕はぼーっと校庭を眺めていた。
サイズの大きいサンダルで歩く音が聞こえる。僕は聴覚プリセットでノイズキャンセリングを行った。
「ねえ、こころってどこにあると思う?」
話しかけてきてびっくりした。拡張視覚から、この生徒の情報が読み込まれる。幼馴染なんだから全部知ってるが、こいつとはそりが合わないので高校に上がってからはしばらく話していなかった。僕は焦点補助をミカンの瞳に設定し、聴覚プリセットをノイズキャンセリングを外し、会話モードにセッティングした。
「こころって言っても心臓のことじゃないからね。」
多分、意思とかその辺のことだろう。
「遅い、私ね、いわゆる第六感というか、そういう人の意図とか感情を汲み取る器官があると思うの。」
いきなり何を言い出すかと思えば、第六感とは。ミカンはあまりクラスになじめていない。僕のクラス内での評価に関わりそうだし正直あまり話したくはない。第一、第六感を信じるのは好きにしたらいいことだけど、第六感覚器官だなんて。
「脳なんじゃない?あんまりそういうの詳しくないからわからないけど。」
僕は興味のなさそうな口調で答えた。
「あ、プリセット変えようとしてるでしょ。わかるんだからね、私の第六感覚器官が捉えました!!」
ほとんどプリセット変更を実施するのと同時に言われたのであわてて会話モードに戻した。
「そんなに慌てて戻さなくても。」
隠しごとのできない感じがする。これも僕の第六感なのかもしれないなと思って少し感心していると、会話モードを解除させまいと矢継ぎ早にミカンが続ける。
「脳は処理機関でしょ、だから違うと思うの。味覚、嗅覚、触覚、聴覚、視覚これらすべて外の刺激を受容する感覚器官があるでしょ。こころもあるんじゃないかなあって思うの。」
僕の負けだ、話を続けよう。
「でも、そもそもこころって外部刺激なのかな。自分の中だけで完結するもののような気がするけど。それが微細な振動というか漏れ出して言葉だったり、動物によったら匂いだったり色だったり、五感で感じ取れる情報に変換されてるだけじゃないの?」
ミカンの目が輝き始めた。非常にまずい。
「と思うじゃん!?でも五感って作用反作用的だと思うの。触覚は言わずもがなだけど、耳の聞こえない人間が音を発しないわけじゃないでしょ?もし、この世界が四次元世界だとしたら私たちは必ず四次元方向に厚みを持っているはずなの。」
こういう言い方をされると納得してしまいそうになるが、会話モードの新しい機能、エモーションイコライザによって一切の抑揚が排除され、機械音声のように聞こえるため僕は流されない。だが、会話があまりに退屈になるため僕はこれをオフにした。
「だとしても感覚器官がないことなんてざらにあるんじゃないのか?俺たちに紫外線は見えないけど、虫とかに見えるやつもいるだろ。逆に視覚を持たない生き物がいるんだから。」
ミカンは少し、むっとした表情になった。
「ウムヴェルトでしょ。だーかーらー、私がそれを感じてるんだからどこかに受容する機関があると思ってるの。」
何を感じたのやら、まあいい、僕もプライドをすてて反論をやめて適当に話をまとめよう。
「そうそうウムヴェルト、感覚器官の違いによってこの世の生物の生きる世界はそれぞれまるで違うって話。すみなれた街もカエルになったら新天地だろうね。ミカンにはあるんじゃない?第六感覚器官。僕にはないから何も感じないけど。」
ミカンは僕に優しい調子で答えた。
「ほんとに何も感じない?私からの電波。ほら、聴覚プリセット全部オフにしてみてよ。」
僕はすべてのプリセットを切った。視覚はさっき会話モードを切る時に解除したままだった。
「8回、この会話中に私の胸をみた回数。」
僕は赤面した。胸の奥が厚くなっているのがわかる。
「でも、焦点補助なくてもちゃんと目見て話してくれるんだね。」
ミカンの調子はいつになく優しい。もしかしたらこれが拡張機能の通さない僕の感覚器官本来の感覚なのかもしれない。
「ねえ、今なら感じるんじゃない?第六感覚器官あるでしょ。」
ながいまつげがゆっくり上下するのをみて僕は小さくうなずいた。
「その、自分から、でてたのか。電波が、」
ミカンはうれしそうに赤い僕の顔を覗き込んでいった。
「私じゃなきゃ見逃しちゃったね。恥ずかしがり屋さんなんだから。これは私たちだけが受け取れる電波でしょ?いいね、私たちの環世界だ。」
もう一度ミカンの目を見た。
「瞳孔散大筋が縮んでるぞ。」
「うるさいぞー」
ミカンの背伸びをよそに、サイズの大きいサンダルはべったりと地面についたままだった。

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