無限チョコレート

市街地から少し離れた山の奥、獣道を抜けた先にそれはあった。木々の美しい緑の中で、居心地悪そうに佇んでいるボロボロの小屋。ところどころ腐っている木の床が経過した時間を感じさせる。3学期も終わり、たいしてやることも無い春休み。なんとなく思い立って入った山の中でたまたま見つけた自分だけの秘密基地…。と言いたいところだが、どうやら先人がいたらしい。もう数年は誰もここに立ち入ってないことを思わせる、床を覆うホコリの下には漫画やお菓子のゴミがいくつか落ちている。元の持ち主が亡くなったのか、それともただ忘れ去られたのかは分からないが、誰も来なくなったこの小屋を数年前誰かが秘密基地にし、そして時が経ちその誰かもここに来なくなった、といったところだろうか。せめて掃除ぐらいはしていって欲しかったが、人の小屋に不法に立ち入っている以上贅沢は言えない。

「掃除するかぁ…」

小屋の隅に落ちていた箒で一通り掃除を済ませた俺は、その日はとりあえず帰って、改めてそこを訪れることにした。

 

それから数日、俺はどうせ春休みでやることもないからと、家からお菓子や漫画を持ってきて毎日をこの秘密基地で過ごした。かといって何かをするわけではない。結局家と同じように漫画を読んだりスマホをいじったりして過ごすのだが、秘密基地という非日常の空間がなんだかそれを特別に感じさせた。

 

春休みも終わりに近づいていたある日、俺はたまたま小屋の隅、荷物と荷物の間に一台のビデオカメラが落ちているのを見つけた。相当分かりづらい場所に落ちていたから、このカメラの持ち主も気が付かなかったのだろう。もっともその前の持ち主がこの小屋の主なのか、ここを前に使っていた誰かなのかは分からないが。人の小屋を勝手に使っている時点で変わらないのだが、少々罪悪感を覚えながらも手に持って再生してみる。

中には1つあたり数分程度の録画データが数十本残っていた。動画の内容を見るに、前にここを秘密基地にしていた誰かのものだったようだ。高校生と思しき男2人が、ここで過ごす何気ない日々を記録している。お互いが考えたくだらないギャグや、持っている漫画、携帯ゲーム機のプレイ画面などが脈絡なく撮られている。画面の中の2人はとても仲が良さそうで、まさに気が合う大親友といったところだろうか。春休みに1人でこんなところにいる自分がいたたまれなく思えてくるが、それは気にしないことにする。

見進めていくと、2人について様々なことがわかった。男の内1人は東京の大学に、もう1人は隣県の大学に行くらしい。動画の日時を見るに、受験をきっかけに来なくなったのだろう。この秘密基地を離れた2人の今に思いを馳せながら、なおも見進めていくとやっと最後の1本になった。サムネイルにはチョコレートが写されている。5分程度の動画だ。もう数時間はビデオを見続け、この2人と友達のような気分になってしまった俺は、少し寂しさすら覚えながら再生ボタンを押した。

 

「なぁ、無限にチョコレートが食べられる方法があるんだけど、知ってるか?」

「バカにすんな。今流行ってるやつだろ?チョコを斜めに切ってずらすと1ピース余ったように見えるってやつ」

「なんだ知ってたのかよー」

「ていうかあれトリックだろ?動画じゃ大きさは変わらないように見えるけど、実際には1ピース余った分全体の大きさが小さくなってるっていう…」

「今流行ってるやつはたしかにそうだな。……じゃあさ、もしトリックじゃなく本当にチョコレートを増やす方法があるって言ったら信じるか?」

「はぁ?」

「いや、俺も動画見ててたまたま気づいたんだけどさ。ちょっとした工夫なんだけど、ここを切るときにこうして…ここをくっつけると…。できた。ほら、ここに定規あるから測ってみろよ」

「……嘘だろ。大きさが変わってない。本当に1ピース分増えてる」

「すげぇだろ!これでチョコ食い放」

「アホか!そんなもんはどうでもいいんだよ!……お前すごいもん見つけたな」

「え、でもいっぱいチョコ食うぐらいしか使い道無いだろ?」

「今お前がやった方法は別にチョコじゃなくてもできる。要は長方形の板でさえあればいいんだ。……例えば金でこれをやったらどうだ?なにしろ無限に増えていくんだ。それを売るだけで、俺たちはすぐに大金持ちになれる」

「あ…」

「もっと言えば金である必要もない。例えば数グラム作るのに数百億円かかるような希少な物質でも、これなら作り放題だ。……企業にこの方法を売るのもありだな。きっとすぐに飛びついて来るだろうぜ」

「たしかにそうだ!すげぇ!さっそくどっかデカい会社に行こうぜ!」

「いや、まてまて、もっと慎重に考えろ…。会社に売るのがいいか、それとも俺たちで…………え?な、だれ」

ザーザー

窓際に座ってつらつらと語る男の驚いた顔が映ると、突然カメラの映像がぐわんぐわんと動き、乱れ、その後暗転した。

「ひっ…」

なんだこれ。どういうことなんだ。いったい何が起きて…。

あのカメラの動き方、まるで撮影者がカメラを持ったまま地面に倒れたような…。言いようもないような寒気が全身を駆け巡る。まさか、そんなはずは…。しかし映像が途切れる直前の男の声。「だれ」と言っているように聞こえた。そして何より映像が乱れ暗転する直前に映った、2人のものではない黒い革靴……。

嫌な想像が頭から離れない。とにかく一刻も早くここから出たい。ビデオカメラを投げ捨て、腰が抜けて立てないまま、扉に背を向けジリジリと後ずさる。

瞬間、どすんと何かが背中に当たる感触がした。

 

タイトルとURLをコピーしました