バイクが走り去って、配達物だけが残った。
これが最後の配達になるにも関わらず、彼は最後まで変わらない優しい笑顔だった。
私はよく曲がった腰を伸ばし、なんとなく空を見上げる。
空は暗かった。
ただ夕方であるだけではない。空には配達物を届けるドローンが無数に飛び回っており、空を遮っているのだ。
FAXの進化であるデジタルポスト、VRを使った進化型SNSの普及で、配達物だけでなく、手紙の存在も消えつつあった。
そんな社会では、人間の配達員など必要とされなくなった。
そして、2058年の今年、配達物の効率化のため、人間の配達員を廃止する法律が明日施行される。
だから、明日から来るのは、人間ではなく、ドローンだ。
それも、ただポツリと玄関前に配達物を置くだけで、インターホンを鳴らされたり、サインをしたり、優しい笑顔を見せてくれることはない。
私は、配達物を片手に持ち、家の中に入った。私の家の中は、きれいに片付けられている。お掃除ロボットの進化で、ただの掃除だけでなく、物の片付けまでしてくれるからだ。
そして、私が靴を脱ぎ始めると、玄関の壁にホログラムで映し出されたキャラクターが会話を始める
「おかえりなさい、現在の時刻は午後5時34分、6時の夕飯までもう少しお待ちください。
お風呂も沸いているので、夕飯の前に入ることもできます。」
聞き飽きた抑揚の声で、そのような報告をした。
私の生活は、満たされている。
それはきっとそうだ。昔は、掃除も料理も片付けも、私1人で全部やっていた。
昔の私は、いつか、それらの家事をロボットがやってくれることを望んだ。そして、今、その絵空事が現実になっている。
これほど喜ばしいことはないはずだった。
私はそんなことを考えると、何か莫大な虚無感に襲われ、玄関口で座り込んだ。
そして、私が頼んだ配達物を見つめた。私はこの配達物は全く欲しくはない。正直、何を頼んだのかも忘れてしまった。
ただ、この配達物は、人件費を割増で頼んだことは覚えている。少し高く払えば、人が届けてくれる制度を使った。
わざわざ、高い料金を払って、商品を頼む人間などいないから、来る配達員は決まっていた。
少し体付きのいい、中年の配達員だ。私が定年退職してから、7年、私の家に配達物を届けてくれた。
その長い年月の中で、私は、彼と話すことはなかった。ただ、ゆっくりとサインを書く私の手を優しい笑顔で見つめていた。
彼は最初、トラックで配達を行なっていた。しかし、それが大型車になり、小型車になり、最終的には、バイクになった。
それほど、人間の配達員が運ぶ需要がなくなっていったのだろう。
そして、明日からは、完全に需要がなくなる。彼はどのようにして生きていくのだろう。
いや、おそらく彼は、私のような孤独にはならないだろう。彼はまた別の仕事を続けていくはずだ。
私は、配達物がなんだったか確認するために、裏にある包装のテープを剥がそうとした。
すると、何か、包装以外のものが貼り付けられていることに気がついた。
私は配達物を裏返して、それを見る。すると、そこには、伝票の裏に「七年間ありがとうございました。」という文字が書かれていた。
その文字はとても綺麗だった。きっと、配達員の彼が貼り付けたものだろう。
私はその伝票に、溢れ出る涙をこぼした。私は何度もその紙に書かれていることを読んだ。
この人間の温もりを感じる文字を、涙で霞むまで読み続けた。
ロボットで満たされた静かな家の中で、私がひとりぼっちで、むせび泣く声が響き渡った。
