晴る雨

 バイクが走り去って、配達物だけが残った。もう何度も利用しているはずなのに未だに慣れない、置き配というものは。通販で何かを購入したことを忘れているという訳では無い。ただ、別のことに気を取られているうちにどうにもすっかり回収するのを忘れてしまうのだ。発送完了の知らせをみてふと思い出す、これが毎回続いているだけだ。決して記憶力に問題がある訳では無い。昨日のことだって完璧に思い出せる。朝起きて、顔をあらって、それから……まあいいだろう。ああくそ、頭を使ったせいか頭痛がする。おまけに少々気分が優れないときた。立ち上がろうとしたら何かが足にぶつかった、それを見て私は確信した。

 「二日酔い、か」

とりあえず私は顔を洗うことにした。こういうのは顔を洗えば落ち着く、私の持論だ。洗面台に向かうと使い古された歯ブラシやコップの横の棚に化粧水がぽつんと置かれているのが見えた。使った覚えもないし、そもそも買った覚えも無いのだが….まあいいだろう。このまま置いておく方がいいだろう、そんな気がした。

 朝起きたらとりあえずメールを確認する、それが毎朝のルーティンだ。ある種の職業病とも捉えられるかもしれない。メールボックスを漁っているとよく使っている通販サイトからのメールが来ていた。
ーーーまたやってしまった。だが今回は運が良かったのか、荷物を受け取ることができた。こう何度も受け取りをすっぽかしていれば運営会社から色々と恨まれそうだが、対面だと気まずいことになりそうという心配故の置き配なのだ。どうか許して欲しい。そういえばこの箱の中身はなんなのだろうか。まるで思い出せないということは、また酒の勢いでやってしまったのだろう。たまにはそういうことがあってもいいだろう、きっとそうだ。

ああまずい、頭痛が酷くなってきた。これはもう一眠り必要そうだ。私は寝床に飛び込んだ。すると柔らかな、花のような香りが顔いっぱいに広がった。私の寝床にこのようなものがあっただろうか。もうこの際なんでもいい、さっさと寝てしまおう。

 

 気がつくと外は子供たちの声で賑わっていた。どうやら今は通学の時間帯らしい。不快感も消え去ったのでもう少し人間らしいことをしよう、かと思っていた。何かが足に当たった。どうやら人間生活の始まりは片付けからのようだ。散らばった酒瓶や吸い殻は私のだとして、この白いマフラーは誰のだろうか。こんなものを買った覚えは無い、そもそも使おうと思ったこともない。…なんでほつれているんだ、早く捨ててしまえばいいのに。それからあの花、ラベンダーだろうか、こんなものを置いておく趣味は私には無い。まるで自分以外の誰かがここにいたかのような様子である。まあおそらくこれも酒の勢いでやってしまったのだろう。今に始まったことじゃない、昨日だってほら、ほら…..病院に行った方がいいかもしれない。

にしたってこの異臭はなんだ、さっきからチラチラと臭いやがって。臭いの出処は….シンクか。さて、次は何をしよう、と思ったが窓が夕暮れを告げている。例の花も夕日が綺麗に照らしてくれている。案外悪くないものだな。枯れてしまった時の喪失感は嫌いだがな。
 はあ、なんだかどっと疲れた。片付けなんてするもんじゃない、こんな引きこもりにやらせるな、まったく。何かを忘れている気がしなくも無いが…もういい、寝る。眠い。

 

 気がつくともう辺り一面が黒に包まれていた。一日中寝ていたのかと思い、時計を確認したところただ夜まで寝ていただけのようだ。さすがの私でも丸1日寝過ごす馬鹿ではなかったようだ。ああそういえば、今朝の荷物が何なのかをまだ見ていなかった。どうせ酒かカップ麺だろう。そう思いダンボールの封を開いた。
ーーー予想外だ、額縁とは。私に何を入れて欲しくて送り付けてきたんだ。ああ、買ったのは私だったなそういえば。折角だ、何か入れる写真を探してみよう。ふと目に付いたのは汚いテーブルの上に丁寧に置かれた1枚の写真。どうしてここにあるのかは知らないが、とりあえず入れてみよう。この写真は……

 ああ、そうか、そうだったな。近くて遠いあなた、私の妻、そこにいたんだね。叶わないことなどとうに理解している、それでも会いたかった、だからこうして置かれていたのだ。

明日にはきっと戻ってくる。何気ない顔で帰ってくる。今にもドアが開いて聞こえる、「ごめんね、遅くなった」って。

そう、ずっと夢見ていた。そんな言葉をずっと待っていた。だから私は酒に頼ったに、私という人間がここまで弱いものだとは思いもしなかった。
私は写真を額に納め、再び眠りについた。

 バイクの音が聞こえる。そういえばまた配達を頼んでいただろうか。今日こそはすぐに受け取らなければ、だらしがないと怒られてしまう。
私は目を開いた。暖かな朝の光が部屋にやってきた春の花びらを美しく照らしていた。また新しい1年が始まるようだ。私もそろそろ踏み出さなければならないのかもしれない。
今回通販で買ったのはゴミ箱だ。この箱に私はその辺に散らばっていたゴミというゴミを憂さ晴らしかのように詰め込んだ。あなたのいない街を生きる。あなたとの思い出の先へ、私は新たな道を歩むのだ。

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