自分の趣味は飛び降りジサツだ。
いや、正確には、「頭のなかで」「飛び降りジサツを試みる」という表現が正しい。……そんなにシにたいのかって?まさかぁ。
これを読む貴方も、ちょっとでも考えたことくらいあるだろ?自身がシぬときのこと。
自分は妄想がちな人間だと思う。人と比べたことがないけれど、暇な時も、そうじゃない時も、いつもいつも妄想する。
急に宇宙人が侵略しに来たら、超能力が使えたら。空を飛べたら。非日常的な妄想はコミックみたいでわくわくする。けど自分が言いたいのはこういうのじゃない。ほんのちょっと現実に近い妄想だ。
腹が立つあの上司がこういう風に怒ってきたら、もういっそ殴ってやろうかなとか。親がいなくて一人暮らしだったら生活費はどう工面してたかなぁとか。例えばこれを書く今だって、開け放った窓から怪我をした小鳥が迷い込んできたら、とか考えたりする。
妄想ってのは気持ち悪くて、出来そうに見えて出来ないことをあれこれ考えるから妄想なんだ。妄想の中では理想の自分になれて、色んなことが出来る。
そのうちの一つが、「飛び降りジサツ」なのだ。
冒頭でも言ったみたいに、シにたいほど人生が苦しいとかそういうわけじゃない。割と恵まれてるし、生きてることに不満は全くない。そういうわけでまだ生きていたいから現実では出来ないんだ。
「人間の肉って焼いたらトリニクみたいなにおいがするらしい」とか聞いたって、まじかじゃあいっちょ焼いてみるかって自らの腕を炙れる人なんかほとんど居ないでしょ?自分もチャレンジしたことはあるけど、ライター持った手が動かなかった。
分かるかい、こういうときの為の妄想なんだ!「どうなるんだろう」という、現実で無くはないけど非日常な妄想。ほかの妄想と同じ、暇つぶしのひとつ。
でも、飛び降り妄想の何が楽しいって、一筋縄ではいかないことなんだ。妄想だからすーぐ飛び降りれると思うだろ?甘いな。まだまだ妄想のプロにはなれないね。
自分の中での飛び降りの典型は、ベランダだ。柵に乗り出した身体がすんなりと落ちていく様子はなんとも「落ちてってる」感に溢れていて、妄想するのに最適だ。コミックみたいに、高層ビルから真っ逆さま!ってのも良いけど、ちょっと身近な方が妄想しやすいし、何よりスリルがあって面白い。
まず自室から繋がるベランダに出て、柵に手をかける。そこから、腕に力を入れて身体を押し上げて、腹に柵が食い込むのを感じながら、鉄棒でまえまわりをするように、あぁ、ふとんのほうが正しいかも、と思いながら____
そこで身体が止まるんだ!身体の筋肉が怖いくらい固まって、動かなくなるんだ。
想像できないからなのか何なのか。何回試しても出来なくて、自分はその虜になった。
暇つぶしにぼーっと考えるんじゃなくて、寝転がって目を瞑って試すようになった。いかに現実だと思い込ませるかで、面白さが段違いだ。催眠みたいに、意識をじわじわ妄想の先のベランダに溶かして、また柵に手をかけて、身体を浮かせて、そして__やっぱり出来ない。
かれこれ数年はこの妄想を続けてる。もちろん普段する妄想は、めちゃくちゃ猫に好かれる体質だったらとか、ひったくりが目の前から走ってきたらとか、そんなことだ。でも夜寝る前は、何回も身体を妄想のベランダの先に届けようとするんだ。
こんな大袈裟な書き方をしてるけれど、実際のところはベッドで妄想の戦いを繰り広げてる、平凡な人間に変わりはない。好きな人と付き合う妄想をしてる人も居るように、自分はベランダのその先へ飛び立つ妄想を続けてる。
変化が訪れたのはある夏の日だった。ベランダに繋がる自室の窓を開けた熱帯夜。その日も暗い部屋でベッドに寝転がって、いつも通り妄想のベランダへ降り立ったんだ。
そして柵に手をかける。そこから、腕に力を入れて身体を押し上げて、腹に柵が食い込むのを感じながら、身体を伸ばして、最近調べたけどこれつばめって言うんだな、じゃあこの妄想のベランダは巣なのかなと思いながら、身体を前に____
するりと落ちた。
余分に肉のついた腹がつっかえることもなく、軽く力を入れて浮いた身体が、つばめになったまま、その先に吸い込まれるように、ベランダの先へ向かっていった。
そのとき自分は、「ついに達成したぞ!」とか、そんなこと、思わなかった。いや、思えなかった。
飛ぶなんてそんな、生易しいものじゃない。
落ちたことを認識する前に、地面と思わしき何かにくっついて離れなくなった。あまりの衝撃に身体がかたくかたくなって、くっついた瞬間から痛くて痛くて。妄想だから痛くもなんともないはずなのに、浮いていた身体は偽物で、でも思ったよりかたちはあって、それでぴくりとも動かせなくて、どんどん何かが中から抜けてって。なんだか暗くて、酷く寒くて、くっついた部分は熱くて、震えが止まらなくて、あれ動けなかったような、あれ、どうして。
だって飛び降りたら、アニメや小説で言うみたいに、ゆっくり落ちてるように感じて走馬灯が見えるものなんじゃないの。そして____どうなるんだっけ。
あ、自分、自殺したんだ。
そこで金縛りが解けたように、ベランダの先から自室のベッドへと抜け出した。悪夢を見ていたように冷や汗をどっとかいていて、時間は目を閉じてからおよそ5分。
ただの妄想なのに、身体には地面にくっつくときの感覚がびっしりこびりついていた。でも浮遊感が拭えなくて、心臓は一緒に叩きつけられてぎゅうぎゅう締め付けられて、これが恋?と冗談を浮かべたがそれどころじゃない。ひとところを見つめることすら出来ず、暗闇を彷徨う。苦しい、苦しくない、痛い、痛くない、怖い、怖くない。なんだこれ。どうしようもできなくて身体を無意味にじたばたと動かす。
妄想ってのは気持ち悪くて、とうてい出来ないことをあれこれ考えるから妄想なんだ。
想像出来てしまったそれはもう妄想なんかじゃなくて。
「人間は、その想像力によって支配される」
昔の、誰だっけか、どっかのすごい人がそう言ったらしい。裏を返せば、想像できる範囲でしか行動できないって。じゃあもう出来ちゃうじゃん。自殺。
気づいた瞬間感じていたものの何もかもが全部どっかにいった。でも、目を閉じたらすぐ、妄想のベランダから飛び降り自殺がくる、見える、感じる。もうこびりついて離れないその感覚、光景は、近いようで果てしなく遠かったベランダのその先は、いつでもおいでと目の前に腰を下ろしてる。
