対ネコ対策委員、桜山

20〷年、日本に超でけー猫が突如として現れた。黒、茶、白の三毛猫は、突然渋谷上空に出現し、そのままの勢いで、東京という都市を歴史のシミにした。そう、超でけー猫は全長15キロ、重さは200万トンに達するほどの化け猫だったのだ。日本の伝説ゴジラですらじゃれつくオモチャにすらなれないサイズのその猫は、その天真爛漫さで、宮城、札幌、名古屋、大阪と全国の主要都市をすべて「引っ掻き板」のように扱っていった。そうして、その超でっかい猫に対してまともな対抗策も取れず、地上に安全な住処がなくなり、日本人は今、地下に住んでいる。

 

「警報! 警報!」

地下都市「名古屋」に怒号と赤いランプがきらめき、人々は警察官の指示に従って安全なシェルターへと駆けてゆく。その中に一人、民衆の進む向きとは逆方向に進む男達の姿があった。

「飯島、まさか次がウチとはな!」

「桜山先輩、あんま笑い事じゃないですって、前回からだいぶ時間もたってますし、いつも通りのサイズとも限りませんし…」

青色のツナギを着、腕に「対ネコ対策委員」の紫色の腕章をまいた二人は、人の波をかき分けかき分け、「名古屋」地区の端までたどり着いた。そこにポツンとある銀色の扉には、真っ赤な文字で「関係者以外立ち入り禁止」の文字が天井から床にまで届きそうなサイズで書かれている。

「うし、いくべいくべ」

桜山と呼ばれた男が嬉しそうに腰ベルトにカラビナでつけられている鍵を取り出し、ドアにさした。ゆっくりドアが開く。ドアの先には、天井に向かって何処までも続くかのような長さの梯子と、床に雑に脱ぎ捨てられた見るからにちょっとぼろい防護服と、床にもたれ掛けさせるように丁寧に片付けられている防護服がそれぞれ一つづつあった。

「飯島、オレ先行ってるからな!」

桜山は床に落ちているほうをそのままズルズルと被るように着て、カンカンと小気味いい音を立てながら梯子を上っていく。

「あの人は命知らずなんだから、まったくもう」

飯島も置いて行かれないようバタバタと防護服を身に着け、梯子にしがみついた。

 

ガコっと地上につながる鉄製のマンホールを開ける。出た先は、二十年前は大須商店街として栄えていた場所だった。人がいなくなってからそこそこの時間が経過しているせいで、どの建物も錆の赤褐色と苔の緑に覆われている。めいどりーみんの可愛らしいメイドの顔も、今じゃ化け物のようになってしまってさえいる。

「さて、ネコちゃんはどこかな~っと」

桜山が耳をそばだてると、前方一キロぐらいのあたりから、「ケッ!ケッ!」という不規則なうめき声が聞こえてくる。例のネコのものに違いなかった。

「飯島、ネコ見つけたぞ!」

マンホールの底に向かってそう声をかける。すると、暗闇の中から切羽詰まったような声で返事が返ってきた。

「すいません先輩、金具引っかかっちゃってて!」

「降りたほうがいいか?」

「いや、すぐ追いつくんで先に行っててください! 先輩ネコ好きでしょ」

「分かった! 向こうで待ってるぞ」

ワクワクする心を抑えるように桜山はそう言った。かわいそうな後輩の事はもちろん心配だが、それより向こうから聞こえるうめき声の間隔がだんだん短くなってきたような感じがするのだ。決定的瞬間に立ち会えるかもしれない。

 

「でえっけーー!!」

大急ぎで走っていくと、そこに見えるのはバスより大きな足の指だった。黒色のそれが、うめき声に合わせてぴくぴく動く。桜山は双眼鏡を取り出して上空のネコの様子をうかがった。ネコはいかにもつらそうな表情で、今にもそれが始まりそうだった。

そう、毛玉吐きである。ネコは自分の舌で毛づくろいしたそれを定期的に吐き出すのだ。巨大なネコでもその習慣は変わらないため、この猫も当然のように毛玉を吐く。それが地下都市に影響を及ぼさないように監視、調査するのが桜山と飯島の所属する「対ネコ対策委員」の仕事だった。

「もうすぐだ、頑張れ、頑張れよ~」

期待のこもった目で、桜山は猫を見守る。そして、

「ケホッ!」

と大きなせき込みがして、ネコの口からこぼれる様に毛玉が吐きだされた。桜山も自動的に、その球体を見て、その着地点を見た――その時。ちょうど着弾点ど真ん中に、ぼろきれのようなものが動くのが見えた。無風なので、生物の動きだ。何か物を引きづるように動く、実に、実に人間みたいな動き方だった。反射的に桜山の体は動いていた。動きにくいことに定評のある防護服を破らんばかりに突進して、その人間みたいなモノを毛玉が着弾する寸前に助け出した。

「こいつは…」

桜山が両手の中のそれを見ると、9歳ぐらいの女の子がうつろな目をしてこちらを見ている。頬は泥だらけではあるが少し色ずいていて、まだ生きていることが分かる。彼女は弱弱しく言った。

「私は美月、お母さんを助けて…」

それだけ言って、彼女は糸の切れたマリオネットみたいに、破れた浮き輪みたいにぐったりと腕の中に倒れこんだ。

「先輩!どこ行ったんですか~!」

毛玉の向こう側から、飯島の声が聞こえる。桜山は腕の中の彼女と、真っ黒な毛玉を交互に見る。ああ、地上に人なんてもういないはずなのに、この子をどうしようか。考えるのは、そのことばかりだった。

 

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