クリスマスイブの夜に大輝と僕は、僕たち2人にとっての最寄り駅の改札の前まで来ていた。小さな駅なので改札の外はそのまま野外で、刺すような寒さから逃れるすべは無かった。雪は降っていなかったけれど、冷たい風が頬を痛めた。
ここに来たのは僕の家がどこにあるのか知らない絵里と美香を迎えるためだった。上着のポケットに手を突っ込み、肩を縮こまらせながら、あと数分で着くはずの二人を待つ間、僕と大輝の間に会話は無かった。
カップルが腕を組んで、控えめに装飾された駅を出入りするのを見ながら僕は密かな期待をしていた。
クリスマスイブの宅飲みなんて、何かが起きるに決まっている。それを期待すること自体ダサいかもしれないが、せずにはいられなかった。大輝も同じなのだろうか、それとも大輝は僕よりも遊んでそうな雰囲気だし、期待するほどでもないのだろうか。問題なのは大輝が期待していた場合、それは誰に対してなのかだった。
その相手が絵里だろうと美香だろうと、僕からしたら不都合だった。僕が愛しているのは大輝なのだから。
◇◇◇
大学入学と同時に、以前から気になっていた文学サークルの新歓に行った僕は部室のドアの前で大輝と鉢合わせた。と言っても、その時はドアの前でうろうろと熊のように歩き回る男が大輝だとは分からなかったが。
今、分からなかったと言った。実は僕と大輝は小学生の頃に既に出会っていたのだ。同じクラスで、2人きりで喋るようなことはあまりないけどお互いに存在を認め合う程度の仲ではあった。
潤いを無くした金髪にチャラついたイヤリングを揺らし、下に行くにつれて広がるダメージデニムを地面に擦って厚底の靴を履く男が部室の前に居て、僕は正直なところたじろいだ。文学とはそのような格好の人間───要するにスカした野郎───のためにあるのでは無いと思っていた。もっと高貴で、かつダサいもので、その男のような悩みも無さそうな人間が部室の前に居るのは予想外で期待ハズレとも言えた。
「あれ、お前も新歓?」と金髪の男。
「うん。『も』ってことはあなたも一年生なんですか?」
「おう……って、待って! お前山野!?」
「え、うん。そうだけど、あれ? どこかで会ったことある?」
こうして僕は大輝と再開した。さっきまで大学生になったばかりでもう髪を染めるようなイキってる野郎だった男は、素性が分かればただ昔と変わらずにはしゃいでる明るい馬鹿になった。
それから文学サークルに所属した僕たち2人は、学部も同じで、だからほとんどずっと行動を共にした。いや、これは語弊があるかもしれない。少なくとも僕の取る行動には大輝が居た。その逆が成り立たないことに僕は今も目を逸らしている。
◇◇◇
「二人とも明日は何も無い感じ?」
「え〜、まぁ?」「何も無いよー」
「じゃあ思う存分呑んじゃお、ほらほら」
大輝は絵里と美香の二人にどんどんお酒を勧めていく。なんだかその様子はいつも僕と居る時の無邪気な大輝とは違って見えた。大人っぽい、というか大人が持つ本心を悟られまいと偽物の自分を盾にしているような狡猾さを感じた。男である限り僕にもある程度は分かるその本心に、僕は少しだけ居心地が悪くなった。
絵里と美香を呼んだのは失敗だったかと僕は一瞬後悔したが、そもそも呼ばなければこの場は無かったと考え直した。僕がクリスマスイブにサシで宅飲みしようと誘ったって大輝は来なかっただろう。文学サークルの高嶺の花である絵里と美香の二人を僕が「大輝が居るから」という理由で誘い、大輝には「二人が居るから」と誘ったから成り立っている状況なのだ。
「ちょっと、もうそんなに飲めないって」と絵里が言った。
「てか、こんなにうるさくしちゃって大丈夫なの?」
ちょっと心配そうにこちらを見る美香に、僕は答えようとする。角部屋だし、お隣さんは帰省してるから大丈夫だって。でも、それよりも早く大輝が口を開いた。
「大丈夫だって! そんなの気にしなくていいからさ!」
確かにその通りなのだが、大輝にも騒いでも大丈夫な理由を説明した覚えは無い。というか僕に喋らせる気が無いような、家主でもない人間がそんなことを言うのにも少しだけ嫌な気分になった。
「そう言えば、絵里って最近彼氏と別れたんだっけ」
大輝は流れを変えようとしたのか、そう切り出した。その情報は僕にとっては初耳だったけれど、美香も頷いているし当たり前に知られていることらしかった。
「え〜それ聞く? ホント最悪だったよ」
絵里は四角いちゃぶ台に突っ伏そうとして、しかし缶やつまみの散乱具合から後ろに倒れた。仰向けになることで、絵里のシャツも後ろに引っ張られ、大きな胸が強調された。同性愛者らしい僕はそれには興味が無かった(むしろ異性の前でそんな姿を晒すことを下品とさえ思うのは嫉妬からだろうか)けれど、大輝がどんな表情をしているのかには興味があった。
「あ〜、大くん絵里のおっぱい見てる〜!」
僕が大輝の表情を確認するよりも早く、美香は裏を向いていた答えをひっくり返してしまった。それも媚びた声で、わざわざそんな言葉を使って。
「見ちゃうって、不可抗力ってやつ!」と大輝がオーバーリアクションで首を横に振り、それに美香も絵里も爆笑する。
一体、何がそんなにおかしいのか僕には分からなかった。
自分にまとわりつく空気は困惑と失望を混じえた黒色で、息がしづらかった。それでも他の三人の周りにある空気はもっと黒く見えた。
まやかしの空間、それ以上でもそれ以下でも無かった。いつの間にか僕の座るクッションだけが部屋から落ちていったような錯覚、それとも僕の座るクッション以外の場所が空に昇って行ったような錯乱が僕を襲った。いま僕と同じ立場にあるのは無造作に捨てられた空き缶とつまみの袋の端切れだけだった。三人がどこか知らない場所で知らない言語で会話しているシーンを僕は幽体となって、歴史やドラマのように見ている感覚だった。
僕の前では眩しいくらいに無邪気だった大輝は、女の前では気持ちの悪い優しさと隠し切れていない性欲をミックスした別人に見えた。馬鹿で才能もセンスも無いような、見てくれがいい女どもに簡単に腰を振ろうとするそんな大輝に僕は幻滅、失望した。
「え? どこ行くの?」
絵里か美香かどちらかの声を背に、僕は無意識のうちに外に出ていた。アパート2階からはどこにも飛び立てそうに無かったから、階段を駆け下りて僕は逃亡した。誰も追いかけて来なかったから、僕はその場で座り込んだ。ちょうど25日になった時だった。
