夕闇のカンケリ・ゲーム

公園のブランコにコーヒー片手にもう2時間も座っている男がいる。細田隆は疲れきっていた。40も過ぎて勤め先にクビを切られたのである。くたびれたスーツが彼の心情を物語っていた。

空の茜色が強まり出してコウモリの影が舞っている。流石に帰らねばと隆は重い腰を上げた。

その時突如男の子の甲高い声が公園に響き渡った。

「カンケリゲーム!!」

隆は慌てて辺りを見回したが公園には誰もいない。

すると真後ろからさっきと同じ声がした。

「さあ~今日のゲストはこのくたびれたお兄さん!!」

振り返ると少年が立っていた。子どもなのに何故か自分よりも年上の相手と対峙しているような錯覚に陥った。

「参加者は7人!缶を蹴られずに全員捕まえられたらお兄さんの勝ち、逃げ切ったら僕たちの勝ち。期限は日没!!」

少年の手には見覚えのある缶コーヒー。右手に持っていたはずの缶がいつの間にか無くなっていた。

「みんな逃げてー!!」

少年の声に合わせてワーっと子どもたちが走り出す。姿は見えないのに確かに存在している、そんな変な感覚に襲われる。

「お兄さんが缶に足を乗せたらスタートだよ!賭けるのは…お兄さんの命!!」

キャアーとあちこちから歓声が上がる。空にはどす黒い雲が湧いて夕焼けを飲み込もうとしていた。

「お兄さん、さあ」

有無を言わせない目に抗えず隆は足を乗せた。

「それじゃあスタート!!」

叫ぶなり少年の姿は消えた。

それから隆は、疑念と恐怖を誤魔化すようにがむしゃらに走り続けた。しかし、ハア、ハア……と荒い息を吐いてとうとう膝をついた。元よりガタがき出した身体だ、これだけ走り続けられたのも快挙と言えた。だが無情にも缶は蹴られる。子ども7人に立ち向かうなど無理があった。空も、もう半分が黒い雲に覆われている。

ーーそもそも何故走っているんだ、これから先、生きていたって希望なんて……。

「おとうさん!!」

顔を上げると、海斗が、立っていた。5歳で亡くなった、彼の息子が。生きていたときそのままの姿で。

「海斗……?」

「まけないで。ぼくのちからあげる。ビーム!!」

すると不思議なことに身体に力がみなぎってくる。現役時代、長距離走では県大会で敵なしだった頃のように。

「おとうさんはぼくのじまんのおとうさんじゃなきゃやだ!!」

ふと、隆は思い出した。海斗がいた頃、楽しかった頃を。離婚した妻の美味かった手料理……いや、美味くはなかったな。でも確かに幸せな団らんがあったんだ。

「海斗……ありがとう。おとうさん走るよ!!」

隆は夢中で駆け出した。走って、走って、走りまくった。応援してくれる息子の前で、カッコ悪いお父さんじゃいられない。それだけが、彼の原動力だった。

「パンパカパーン、おめでとう。お兄さんの勝ちだよ!」

気付けば最初の少年が手を叩いていた。捕まえた子どもたちも口々に「おめでとう」と拍手をした。

「残りの人生、楽しんで」

薄れゆく意識の中、少年が少し微笑んだ気がした。

 

「はー。やりぃ、俺の勝ちー」

空の上で少年が自慢している。

「えーまたかよ、おまえ強すぎー」

「へへっ、次はどんなゲームにしよっかなー?」

天使見習いの彼らの『人間更正ゲーム』はまだまだ続きそうだ。

 

あれから数年。隆はまぶしい朝日の中会社に向かう。あの缶蹴りゲームとやらは何だったのか、それは分からない。でも海斗に会えたのだ。夢でもなんでもいい。天国にいる海斗の自慢のお父さんでいるために。もう一度、ちゃんと生き直そうと決めたのだ。

苦い人生なんて蹴り飛ばせ。細田隆は今日も《今》を生きている。

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