「じゃあ、全員そろったので、
かんぱ〜い!!」
皆がそう言うと、お酒の入ったグラスを全員で乾杯した。グラスの気持ち良いガラスの音が響き渡り、飲み会の始まりを感じさせる。
全員が揃ってから、乾杯をしようと決めていたため、1時間遅れて来た私を待ちわびた皆は料理を2、3皿平らげていた。
そして、充分に待たされた皆は、グラスの酒をグビグビと飲み干した。
「倒れんといてよ。嫌やで、明日の新聞の一面が大学生が一気飲みで死亡。になんの。」
「大丈夫、大丈夫。水を同じだけ飲めば。」
高梨はそう言って、私のグラスを取って、飲もうとした。私は彼の口に酒が入る間一髪の所で、グラスを奪い返した。
「そのボケはもうええから、はよ水飲みな。そろそろ酒の飲まれ方やなくて、酒の飲み方覚えたほうがええで。いつまでも大学生ちゃうんやからな。」
私はそう言って、彼から奪い取った酒を飲もうとした。しかし、グラスに彼の唇の跡が付いていることに気が付いた。
「飲まないの? なら、返してもらおうかな?」
「の、飲むわ。それに返すも何も、元は私のやからな。」
私は動揺しつつも、飲むことを躊躇った。
「いや〜、久しぶりに2人の夫婦漫才を聞かせてもらいました。研究室別れてからあんま聞けてなかったけど、やっぱお熱いねぇ。」
そうやって、同じ学部の竜司は私達を茶化してきた。
「そうそう、研究室内でもずっとこの調子なんだから。」
「由梨!やめてよ。
レポートいつも間に合ってるのは、誰のおかげだと思ってるの?恩を忘れないで!」
「それは、美月にレポート教えてあげてる高梨君のおかげでしょ?」
「なっ!?」
「別に、高梨君に直接聞いても良い所を、わざわざあなたに聞いているのよ。分かるかしら?この優しい気遣い。」
私は何も言い返すこともできず、黙り込んだ。由梨の勝ち誇った顔が憎たらしい。
「はーい!じゃあ、こんな気遣いの出来る女の子を貰ってくれる男の子はいないかな〜!」
由梨が立ち上がって、全体に呼びかけると、盛り上がっていた飲み会の場が一気に静まり返った。
「店員さん、この店で1番度数高いやつを1つ。」
由梨は真顔で静かに注文した。大学生からこの行き遅れアラサーの雰囲気を出せるのは、一種の才能だ。
「と、ところで、竜司は真理と今も仲良くやってんの?」
私は静まり返った飲み会を盛り返すために、竜司に話題をふった。
「ハハ…、まあ、それなりに…。」
その話題は地雷だったようだ。竜司がひきつった笑いをしている。飲み会の場がさらに、しんと静まり返る。皆が目を見合わせ、話題を変えろと目で訴えてくる。
飲み会には、竜司の彼女である真理も来ているが、真理も気まずそうに、目を逸らしている。
「お客様、アルコール度数45度のウォッカでございます。」
店員はそう言って、由梨の前に酒が一口分しか入っていないグラスを置いた。
「冗談のつもりなのに、本当に来たじゃない。」
由梨がそう言うと、静まり返った飲み会は一気に笑いに包まれた。なんとか由梨のおかげで地雷処理は出来たようだ。
「冗談でも本気にされることあるから、気をつけろよ。」
「そうそう。
ところでさ、前に俺が研究室から盗んだ青酸カリの話だけど……。」
どうにか飲み会がまた盛り上がり始めたようだ。
「…ありがとう。なんか竜司と真理の話はダメだったの知らんくて…。」
私は由梨に小さな声で礼を言った。
「大丈夫、大丈夫。言ってなかったこっちも悪かったし。
美月は研究室別れたから知らないと思うけど、竜司と真理は、今は微妙な時期だから、その話はなしでお願いね。」
「竜司と真理は入学してからずっと仲良かったやん。確かに、ここ半年はめっきり合わんくなったけど、急やない?」
「私にも分からないけど、真理が最近、なんか竜司に冷たいらしいのよ。
私が見てる感じだと、真理は竜司を避けてる気がするし、いつもと変わりない感じを装ってるけど、なんかちょっと変なのよね。」
「変?」
「これは予想だけど、浮気なんじゃないかなって。」
私は驚きの声を漏らしそうになったが、近くにいる竜司に聞こえないように、声を飲み込む。
「嘘でしょ! 竜司ならともかく、真理の方が浮気する?」
「でも、怪しいらしいのよ。ほら、今日の真里を見てみなさい。」
私は真理の方を見ると、机の端で近くの男子と喋っている。真理は猫背気味で、少し顔色が悪い気がする。
「分かるでしょ。真理はワンピースなんか着ないのよ。」
「えっ?」
私が改めて見てみると、真理は花柄の白いワンピースを着ていた。
「真理は知っての通り、ワンピースどころか、スカートすら履かないのは知ってるでしょ。」
「確かに、大学の最初の頃は、制服のスカートからやっと解放されるって言ってたな。」
「だから、真理は基本的にジーパンとかのズボン履いてたし、服も男っぽい感じだった。でも、今はワンピースばっか着て、女の子らしくスカートふりふりしてる。
これは、別に男ができたと思われてもしょうがないでしょ?」
「確かに、あんなにスカート嫌がってたのになぁ。それに、竜司の対角線上の1番離れた席に座ってるしな。明らかに距離取ってるな。
竜司が真理になんかしたんとちゃう?」
「まぁ、私もそれを疑ってるけど、真相は分からないわね。真理は竜司のことを言うと、動揺して、話を逸らすし、竜司は何もしていないの一点張りだし。
迷宮入りね。」
「ふーん。」
「まぁ、今日は研究室で疎遠になった同じ学部のみんなでの飲み会なんだから、こんな下衆で暗い話じゃなくて、明るい話題で楽しみましょう?」
「そうね。2人のことは気がかりやけど、よっぽどのことでない限り、私達が口を出すことじゃないやろしね。」
「そうそう。
じゃあ、飲みましょう!」
由梨はそう言った後、私が酒を飲もうとすると、グラスが小さいショットグラスに変わっていた。
「どさくさに紛れて、ウォッカに変えないでよ!」
私は由梨が入れ替えたグラスを元に戻した。
「バレたか。」
由梨はそう言って、ウォッカを飲み干した。
「うわっ、すごいアルコール。」
由梨は舌を出して、不味そうにした。
「大丈夫? 後で気分悪くなっても知らないよ?」
「大丈夫、酒は強いから。」
由梨はドヤ顔でそう言った。
「そう言って、前の飲み会でも店の外でレジ袋に吐きっぱなしだったのはどこの誰やったかな?」
「ハハハ、そんなこともあったかな?」
とぼける由梨を横目に、私は真理を見ていた。なんとなく、さっきの話が気になっていたからだ。
机の端にいる真理を見ると、口を押さえて、頬を膨らませた。そして、口の中の物を飲み込むようにした。吐き気を我慢しているのだろう。
すると、真理は立ち上がり、急いでトイレへと駆け込んだ。私はその時の真理に違和感を覚えたが、それが何かまでは分からなかった。
「真理、飲み過ぎたのか?」
真理の近くに座っていた友達が言った。
「まぁ、2、3杯のグラスが空いてるし、相当飲んでるかもな。」
近くの友人がそれに答えるように喋り出した。私はそれに耳を傾けた。
「でも、飲んでるところ見なかったけどな。確かに、僕らが飲んだ訳じゃないから、真理のだろうけど。」
「確かに、言われてみれば飲んでるところ見なかったな。不思議だな。もう酔って記憶ないのかな?」
「そんなことはないだろ。記憶が無くなるのはそんな早くない。
……でも、今日の真理は変だよな。」
「何が?」
「白子ポン酢を頼んでない!」
「確かに、真理は絶対この店来たら、5皿くらい頼むはずなのに、頼んでないな。それに、みんなで共有してる刺身にも手をつけてない。」
「見た感じおひたしとか冷奴とかしか食べてないな。」
「ダイエットかな?」
「あの真理が?」
「恋する年頃なんだよ。真里も。」
「そう言うあなたが、恋が成就した事は?」
「人生でゼロ〜。」
「流石、工学部のエース。」
その後は真理の話から逸れて、くだらない話となってしまった。
だが、やはり真理には何かある。おそらく、浮気とかじゃない。浮気だけじゃ、好き嫌いまで変わらないはずだ。
確かに、ダイエットなら筋は通る。ワンピースは太ったお腹を隠すためで、食べ物はカロリーが低い物しか食べないから。
そして、竜司は太った真理を指摘したから、避けられている。吐き気は過度なダイエットによる物。こう考えれば、辻褄が合う。
しかし、私の中で、もう一つの推理が出来ている。その推理は合理的ではあるが、現実的ではない。
それを正しいかどうかは、真理に直接確かめるしかない。
「ちょっと、トイレに行った真理が気になるさか、席外すわ。」
私はそう言って、自分の席から、真理の席に移動した。
真理の席にはグラスが3つと食べかけのおひたしと冷奴、サラダがあった。
私はグラスを光に透かしてよく見てみる。すると、口を付けた形跡が無かった。
酒による吐き気ではないと言う事だ。
そして、真理の持って来ているカバンの中をチェックすると、大きな水筒が一つと羊羹がいくつか入っていた。
やはり、カロリーの高い羊羹を食べていると言う事は、ダイエットじゃない。
私は真理のいるトイレに向かった。
これは、真理が一人で抱え込んではいけない問題だからだ。
私がトイレに入ると、嗚咽の音が聞こえた。そして、ドボドボとトイレの中に吐瀉物が落ちる音も聞こえる。
私は真理のいるであろう個室トイレに行くと、真理はトイレに鍵もかけずに、便器の前に座り込み、吐いていた。
私はすかさず真理の背中に手を当てて、吐きやすいようにする。真理は一瞬驚いてこちらを見た。
「私だよ、美月。大丈夫?」
真理は少し考えて、笑顔を作る。
「ちょっと飲みすぎちゃって…。」
嘘だ。
「そうなの?酒、強いんだと思ってたけどな。
だって、水筒に酒を入れるくらい好きなんやろ?」
真理は笑顔を引きつらせた。
「それとも、店の酒を水筒の中に溜めてたんとちゃうやろな?」
真理は顔を逸らし、便器の方に向けた。私はその隙をついて、背中に置いた手を真理のお腹に向かわせた。
「触らないで!!」
真理は私の手をお腹から振り払った。彼女は焦っていて、正気では無かった。彼女は呼吸を荒くして、必死だった。
そして、私は自分の推理を確信した。
「……真理、そのお腹、
妊娠してるでしょ?」
真理は動揺して、再び目を逸らす。
「スカート嫌いの真理が、ワンピースを着ていたのは、赤ちゃんの入るお腹を締め付けたく無かったから。
それに、お腹の膨らみを隠しやすいしな。猫背だったんも、そのためやろ。
そして、白子や刺身を食べなかったのは、妊娠に魚卵や生の魚介は食べてはいけないからや。もちろん、酒もアウト。
でも、酒入ってないのに吐くのは、つわりの症状や。酒飲んだふりして、吐き気の症状の言い訳に使うとは、よう考えたもんやな。
それで、なんでか分からんが、相手の竜司にも妊娠を隠したかった。だから、冷たい態度で悟られんようにしたんや。
そうやろ。真理。」
真理は顔を逸らしたまま、小さくうなづいた。
「なんで、妊娠を隠すんや?
もう、相当お腹大きいで。はよ話し合わな…。」
「分かってる!」
真理は大きな声で、私の言葉を静止した。私の言葉のその先を言われたく無かったのだろう。
「……分かってる。でも、言えないの…。」
真理はそう言って口籠る。
「何があったん? 竜司が悪いんやったら、私が懲らしめたるさかい、安心し。」
「……竜司は悪くないの。悪いのは全部私。
竜司はちゃんと避妊はしてた。でも、一度だけ、たまたま避妊具が破れてた時があった。竜司は気が付いて無かったみたいだった。私はそれに気が付いてた。
でも、私は言わなかった。
その時は、なんだか微妙な時期だったの。研究室も入りたてで忙しかったから、二人で会う時間が少なくて、研究室で会う竜司は別の人みたいで、遠くなった気がしていたの。
だから、その離れた距離を縮めたかったの。
もちろん、それは駄目だって分かっていたけど、一度だけだからどうせ大丈夫だろうって思ってた。
でも……。」
「その結果がそのお腹か。」
「竜司に言おうと思ったけど、私が勝手にやった事だから、なかなか言い出せなくて。責められるんじゃないかって思ったの。
だから、怖くて言い出せなかった。そのまま言い出せないまま、時間だけが過ぎた。
すると、ズボンのベルトが閉まらなくなって来たの。
それに、鏡で見れば、嫌なくらいにぽっこりとお腹が膨らんできた。
そんな私を見るたびに、言わなきゃいけないけど、言ったら時の怖さの方が大きくなっていって…
だから、なんとかその場しのぎで隠すしかないと思って、ワンピースを着て、猫背で隠してみたけど、バレちゃったみたい。」
「……もう言うしかないで。
いや、言わなあかん。もう私がつべこべ言える話やないねん。そのお腹の子は、あんたら二人の問題や。あんた一人の問題やないねん。
その子をどうするにも、絶対に一人で抱え込んでええ話ちゃう。
もう、吐き出すしかないねや。」
私はそう言って、真理の背中を押すように、背中をさすった。
私は真理を落ち着かせた後、トイレから出て、竜司の席に近づく。
「竜司、ちょっと真理のことで話があるから、後でトイレ行くふりして、抜け出して。」
私がそう小声で言うと、何も知らない竜司は不思議そうな顔をしてこっちを見る。私は竜司に伝えた後、自分の席に戻った。
今、いきなり呼び出すと、あらぬ噂が立ちかねない。一応、秘密厳守でいきたい。
「真理は大丈夫そう?」
由梨が私に聞く。
「分からへん。私がどうにか出来る感じじゃ無かったな。」
「そんな酔ってたの? 真理は酒強かった気がしたけどね。」
由梨は不思議そうに酒を飲んだ。
私も飲もうとした時に、グラスに付いた高梨の口の跡を思い出す。私は近くにあったお手拭きでグラスの縁を拭いてから、グラスの酒を飲んだ。
「なんか付いてた?」
由梨が私の行動を不思議に思って、その理由を聞いた。
「うん、付いてた。
……ずるしちゃ駄目だからね。」
私はそう答えた。自分一人では仕舞い込んではいけないと身に染みて感じたからだ。
