勢い

「人が空想できる全ての出来事は起こりうる現実である」────物理学者 ウィリー・ガロン

 

この言葉が正しいのならば、俺に彼女ができるのも時間の問題だということだろう。太古の昔、ヒトは地面を見つめ続ける生活に別れを告げ、そこから数百万年掛けて、立ち上がり、空を見上げ、ついには地球の重力すら振りきって宇宙へと進出した。それらの営みに比べれば、今をときめく男子高校生に彼女が出来ることなど赤子の手をひねるようなものだ。誰でもいいから早くひねってくれ。

ブックオフで買ったワンピースのページをパラパラとめくりながらそんなことを考える。だめだだめだ。こんなことを考えていても仕方がない。いくら春休みで何もやることが無いといっても、家に引きこもって遊んでばかりいたら腐ってしまう。……とりあえずコンビニで何か買ってこよう。そういえば朝の占いで運命の人に出会えるかも!なんてことを言っていた気もする。まあ今から行くコンビニで働いてるのはおじさんかおばさんかお兄さんの三択なんだけどね。家を出なかった弊害か、外の気温もいまいち良く分からないまま、とりあえずコートを一枚羽織って外へ出た。

家を出る前は少し悩んだが、夕方ということもあり、コートを羽織ってきたのは正解だったようだ。風が吹くたび寒さが顔に染み込んでいく。コンビニまでは10分も掛からないとはいえ、中々堪える寒さである。『おーい』適当にお菓子か何かを買って帰るつもりだったが、こうなってくるとホットスナックなんかを買ってもいいのかもしれない。『だれかー』いやいや、そういっていらないものをすぐに買ってしまうのが悪い癖だ。この前もブックオフで衝動的に空島編が読みたくなって『お前だよお前、早くこっち来い』

なんだ……?さっきから頭の中に誰かの声が……。気のせいか?いや、でも…『こっちだこっち』。

少し考えたものの、とりあえず声のする方へと行ってみることにした。どうやら声は近くの市民公園の方から聞こえているようだ。駐車場を抜け、経年劣化で汚れた薄汚いタイルの道を突っ切った先に”それ”はあった。

『早くここから出してくれー』

なんだこれ……。家にこもり過ぎてついにおかしくなったのか?視線の先にあるのは、植え込みの中でもぞもぞと動く、子供用のサンダルだった。全体的に黒く、その中に銀色の生地でドラゴンがあしらわれたチープなそれは、履いたことによる汚れで少しくすみ、そこらの子供が履いているような何の変哲もないものにしか見えない。

と、とりあえず出してあげよう。サンダルを握り、思いきり引っぱると、特に何の抵抗もなくすぽーんと引き抜くことができた。

『いやー悪いな助けてもらって。あそこにハマったまま2~3時間、何とかして抜け出そうにも全く出られなくてよー。さっきから近くを通るやつにずっと話しかけてたんだけど誰も気づかなくて、そしたらお前が』

長い長い長い。やっと抜け出せた安堵からなのか、さっきから話が止まらない。一体こいつは何なんだ?何で当たり前のように喋ってるんだ?見たところただのサンダルにしか見えないけど……

『おい、誰がサンダルだって?』

こいつ思考が読めるのか!?

『こっちは頭に直接話しかけてんだ。そりゃ何考えてるかなんて手に取るようにわかるぜ』

あー、まずい。とりあえずサンダル(仮)が得意げになっている内に話を逸らさなければ…。

「あのー、サンダルじゃないんだったらあなたは誰ですか?」

『よくぞ聞いてくれた!俺の名前は、サンダールだ』

「え?……結局サンダルじゃないですか」

『いや違う!もっかい言うからよく聞いとけ。……サンダールだ』

「サンダルですよね」

『𝒮𝒶𝓃𝒹𝒶𝓇……』

「発音良くしてもダメです」

本当に何なんだ……。本人は、もうサンダルでいいよサンダルでといじけているが結局正体は分からずじまいだ。……まあいいか。良く分からないものには関わらないのが一番だ。助けてやったことだし、このサンダールとやらも満足だろう。これのことは見なかったことにして一回家に『おい、今すぐ俺を持って隠れろ』

え?『いいから早く!!』

頭の中で響く声に気圧され、渋々サンダルを持ってここを離れる。

「どうしたんですか…?何をそんな急に…。説明してください」

『話せば長くなるんだが……実は、俺は大昔にとある本に封印された魂でな、何百年何千年と本の中に縛り付けられていたんだが、ついこの間やっと封印が弱まって何とか抜け出したんだ!まあ抜け出したはいいものの、魂だけだといずれ存在ごと消滅しちまう……。それで本の代わりなる依り代を探してる途中で力尽きて、このサンダルの中に入っちまったてわけ。』

なるほど……。だからこのサンダルは喋るのか。にわかには信じがたいが実際喋っているのだから真実なのだろう。ただ……。

「あなたのことは分かりましたけど、それと隠れるのに何の関係が?」

『俺が封印されてた本を管理してた連中が、すぐそこまで近づいている。見つかれば俺はまた封印されちまう』

「……え?それ僕関係なくないですか?」

『いや、あいつらどうやら非合法な組織のようでな。俺と一緒にいるところを見つかれば、お前もただじゃすまないだろうぜ』

「じゃあ近くにいるのが分かったときにあなたを置いてそのまま帰ってれば問題無かったんじゃ……」

『………..』

「おい」

『…………』

「なんか言えよ」

『細かいことはいいだろ!?もうこうなったら一蓮托生じゃねぇか!なぁ、兄弟!』

こいつ……!自分一人じゃ逃げられないからって俺を巻き込みやがった!!

『ほらほら、早く隠れろって!おっ!あそことかいいんじゃないか』

そういってあいつが指したのは木々が入り組んだ林の中だった。非常に腹立たしいことだが、あいつの言う通り、こうなっては一蓮托生だ。見つかったら自分の命も危ないのだろう。確かにあの林の中ならばやり過ごすことができそうだ。奥へ分け入り、とりあえず木々に体を寄せ身を隠す。

 

永遠とも思えるような数分が過ぎた後、そいつは現れた。

もうすっかり日が落ちてしまった公園の中では、街灯の光に間接的に照らされたぼんやりとした姿が見えるだけだが、全身黒っぽい服にパーカーのフードを深々とかぶっている。なるほど、いかにも怪しそうだ。

ただこちらからぼんやりとしか見えないということは、あっちに俺たちを確認するすべは無いということだ。ただでさえ暗い林の中は、もちろん街灯の光が届くはずもなく、外から中の様子が伺えるわけもない。完璧だ。あとは何とかやり過ごして、こいつを捨てて帰るだけだ。…………あれ?

「なんかあいつ、こっちに真っ直ぐ向かってきてない?」

『そんなはずないんだけどな……』

「もしかしてレーダーか何かで居場所がばれてるんじゃ……」

『いや、今の俺は消耗しすぎたせいでレーダーで探知できるほどの力がないからな。居場所といってもせいぜいこの公園の中にいることくらいしか分かってないだろうぜ』

「いや、でもそれにしては足取りに迷いがなさすぎるような……」

うーん……。ん?ふと手元に目をやると、俺の手に握られている一足の子供用サンダル、その靴底がビカビカと光っている。

「ちょっと!光ってる光ってる!」

『えぇ?……あっ!やべ!!』

「早く止めて!」

『無茶言うな!俺が光らせてるじゃねぇんだから止められるわけねぇだろ!とにかく早くここを離れるぞ!』

俺が入ってきた方向は当然フードの男に塞がれているので、仕方なく林の奥へ奥へと逃げていく。暗闇の中、もつれる足を何とか前へと運び、ついに開けた場所に出た……が、眼前に広がるのは大きな崖。行き止まりだ。

「ちょっ、どうするんだよ!」

『どうするたってこんなもん……』

そうこうしている間にもどんどん足音は近づいていき、そして……。

「…….」

遂に男は俺たちの前に姿を晒した。男の顔は、林から抜け月光のもとに晒されてもなお伺えない。なるほど、確かに秘密結社然としている。フードの男は、一言も発さずじわじわとこちらへ距離を詰めてくる。もはや俺たちと話す必要すら無いということだろう。嫌な汗がつーっと頬を伝う。

『おいガキ、何か持ってないか』

「何かって言ったって、コンビニ行くつもりだったから財布とスマホと……あとタバコとライターくらいしか」

『ライター!今すぐそれをこっちに渡せ!』

「ライター?こんなん渡してどうな」

『いいから早く!!』

渡せったってサンダルにどうやって渡すんだよ…。少しの逡巡の後、とりあえず足を入れるところに突っ込んでみることにした。すると、靴底を照らす安っぽい光がたちまち大きくなり、ついには俺の背丈を軽く越し、崖の天辺に達するほどになった。光が消え、中から現れたのは、その美しい鱗で月明かりをキラキラと反射する、銀色のドラゴンだった。

「ドラゴン……!?お前サンダルじゃ…」

『サンダル……?それはお前ら人間が勝手に聞き間違えて読んだ名前』

『直訳はサン=D・R(ドラゴン)、我が部族の言葉で「太陽」の龍と呼ばれている』

「えぇ……」

絶対サンダルって言ってたけどな、という言葉をぐっと飲みこむ。どうやらフードの男もドラゴンになるのは想定外だったようで、先ほどから龍の頭を見上げてピクリとも動かない。

『太陽龍は日と火を司る。ライターの火さえあれば、力が弱まってても顕現できるってわけさ』

そう言うと、じゃあ邪魔者には退場してもらおうかと大きく体を逸らし、息を吸い込んで、その勢いのまま体を戻し炎を吐いた。龍の後ろにいるこちらまで伝わってくる、凄まじい熱気の炎が、フードの男を包み込む。数秒の後、炎が消えると、そこに残っているのは焦げた地面と煙のみで、フードの男は跡形もなく消えさっていた。

『ハハハッ!!俺にかかればこんなもんよ!!』

『どうだガキ、俺のあまりに偉大な姿に声も出ないか?』

 

 

 

 

 

 

太陽龍サンドラゴンって頭痛が痛いみた『はっ倒すぞ』

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