勇者が生まれた日

魔王城、最上階。勇者一行が魔王と相対して半刻、既に戦いは終焉を迎えようとしていた。
『火炎の勇者』ライアン、『魔導国の叡傑機構』バイオレット、『爆殺聖女』ミラ、『不侵防域』マーカスの四人は、自らの攻撃を跳ね返され地に伏す魔王を見下ろす。

「炎霊よ、俺に力を貸してくれ!」

ライアンが真っ直ぐ魔王に切っ先を向け、叫べばその瞬間に聖剣は力強い炎に包まれた。

「この炎はお前を焼き尽くすまで決して消えることは無い!」

聖剣は真っ直ぐ魔王へと振り下ろされる。

「これでトドメだぁあああ!!!」

勇者の炎は魔王を燃やし尽くした。
本来はここで英雄譚は結を迎えるはずであった。だがしかし、ただ一つ、たった一つだけ勇者たちが見落としていた事実があった。魔王はこの時すでに星脈との接続を果たしていたのだ。

◇◇◇

星脈を炎が侵してから二年後、ある辺境の村。農民のフォルがいつものように畑仕事に向かおうと家を出ると、家の前にあるはずの木のバケツが無くなり、その代わりに黒い何かが置かれてあるのに気づいた。そしてその黒い何かが炭だと理解したのと同時に、フォルはそれを蹴飛ばす。

「クソったれ!」
「爺ちゃん、それ……」

後ろから孫のヴァンにそう声をかけられ、フォルは慌てて平静を装い、また炭を足で隠そうとし、しかしやめた。

「ヴァン、ついに火触がこの村まで到達した」
「そんな……」

ヴァンの両親は火触によって命を落としていた。焼け死ぬ人間の声を知っているヴァンは絶望に膝から崩れ落ちる。

「分かっているだろうが逃げるなら猶予は無い」

そんなヴァンにフォルは重々しく告げる。当然、フォルもヴァンも初めに火触へ呑み込まれた帝国が残した歌を知っていた。

『火触は三夜にして国を灰へと導かん。一夜に星脈、悲鳴をあげる。二夜に大地、悲鳴をあげる。三夜に人々、悲鳴をあげる』

この歌の通り、既に世界の半分の国が滅んでいる。三日のうちに火触から逃れた難民は世界中で溢れかえり、炎を止める研究に各国が協力しているが、光明は見えそうにない。

「普段ならばここから馬車で国外までは二日とかからないが、国民全員が逃げるならもう半日は絶対に時間を要するだろう」

そして、それも逃亡中に何事も無ければ、の話だ。実際問題、全員が自分の命が大切な状況で安全に逃げられるとはフォルには思えなかった。また熱を持つ大地を馬が問題なく走れるとも。
その時、遠くからフォルの元へと走ってくる人物が居た。

「フォルさん!火触が!」
「クリスか……知っておるさ」

クリスは隣国からこの村へと逃れてきた難民だ。そしてフォルの息子の友人であり、ヴァンを火触から救ってくれた恩人でもあった。

「そうか、じゃあ逃げましょう。私の魔導具なら一日もあればこの国を出られる」

そう言ってクリスが指さしたのは空中に浮遊する絨毯だった。ヴァンはそれに目を輝かせ、祖父の手を引っ張って行こうとしたが、フォルはその手を払った。

「いや、儂はここに残るよ。」
「え……爺ちゃん?」

フォルはヴァンとは目を合わさずに、遠くを見てこう言った。

「妻がこの地で眠っとる。儂だけ逃げるわけにはいかんだろう」
「でもっ……」
「ヴァン、儂も歳だ。この世界に希望を持てんのだ」
「じゃあ俺も残る!爺ちゃん一人で死なせるもんか!」
「それは駄目だ。お前は生きるんだ」
「なんで!俺もう誰かが死ぬのなんて……なあ爺ちゃ……え、あれ……」

突如、ヴァンは気を失い前に倒れ込む。フォルは直ぐにクリスが魔法を使ったのだと理解した。

「すまん、クリス」
「いや、良いんですよフォルさん。あなたの意志を私は尊重します。それにヴァンくんはこんなところで死んではいけない」
「ああ……そうだな。クリス、これを」

フォルはあるものをクリスに渡す。それを見てクリスは少し驚いた表情を浮かべたが、直ぐに慎重に受け取った。

「希望、あるじゃないですか」
「どうだか、儂は重荷にしか思えんよ」
「それでも託す、と」
「変えられるとすれば、この子しか居るまい」

◇◇◇

炎に包まれ始めた家でフォルはペンダントを開いて、涙をこぼす。

「ミシェル、アレス、そしてライアン。ようやく儂もお前たちのところに行くよ」

そして、首を吊った。

タイトルとURLをコピーしました