借り入れ

『審査の結果、今回は融資を見送らせて頂くこととなりました。

ご希望にお応えできず誠に申し訳ございません。

尚、融資の可否は、お客様の借入状況や審査基準の見直し等により日々変化───』

うるさいうるさい、黙って5万円ぐらいくれたら良いじゃ無いか。

見慣れた定型文をスマホごと地面に叩きつけ、しかし全く意に介さずに映し出されるそれを睨みつけた。

日頃の浪費が祟った結果、ついに学費に充てる金が足りなくなった。不足額金は僅か約5万円。その上、学費引き落としの期日はあと数日後と来た。そのせいで1週間で4回もローンの申し込みをする羽目になり、しかもその全てが謝罪の言葉で返ってきた。これまでの人生で金を借りたことなんて1度も無いし、国公立大学に進学してるし、しっかりバイトもしてる。これ以上無く優秀で未来ある顧客のはずなのに奴らは銭一つ貸しやしない。

ため息を1つ吐き、足元に落ちていたスマホに右の蹴りを喰らわした。綺麗な放物線を描きながらソファーに落ちゆくスマホに満足したその時、右足小指に響く痛みを自覚した。悔しさに似た涙を浮かべながら、ソファーの上にあるソイツをまた睨みつけてやった。

擦り傷ひとつかなかったスマホを拾って、そのまま別の金融機関に5回目の申請をしてみる。僅か1週間で4今回で5回目の申請となるため、信用情報はガタガタ、ブラックも良いとこだ。これで5万円が手に入らなければ、これからの人生はもう

将来への絶望を抱きながら申請書類を送信し終えた直後に、スクリーン上部にLINEの通知が来た。友達や恋人なんているはずも無いのに、悲しいかな一縷の望みに賭けてLINEを開いてしまう。もちろん期待通りの結果では無く、公式アカウントからの配信だった。

『誘拐されていた女性ら解放、身代金は55555万円サルウィン共和国マーホア州ユウエン市』

なんともまぁ物騒なニュースだ。それにしても聞きなれない言葉ばかり並んでいる誘拐身代金ユウエンマーホア

─────閃いた。

その刹那、5万円が手に入る完全で完璧な方法を思いついた。決行は明日。緻密に計画をまとめ、財布にある残りわずかな全財産で準備を始めた。

翌日早朝、某夢と魔法の遊園地に到着していた。

これから、人を誘拐する。ターゲットはヒョロくてか弱そうなお一人様。目的は身代金、その額交通費と入場料、学費込みの7万円。顔は◯ッキーの仮面で隠す。学費の支払いまでもう日がないので、もう身代金テーマパーク内で誰かに払ってもらう。身代金が払われたら、人質を置いてさっさとトンズラ。

スマホでまとめた計画概要を見ながら振り返る。

我ながらやはり完璧で抜け目がないパーフェクトな計画だ。この発想力に富んだ頭脳を見抜けぬとは、金融会社の融資担当者どもは間抜けだ!

ミッ◯ーの仮面の下でほくそ笑んでいると、早速格好の餌食が現れた。

半袖Tシャツの白に溶け込むかの様な肌色に、袖から伸びるほっそりとした腕。頬骨が出た顔には若くも覇気がなく、内巻きの肩に猫背の姿勢は彼自身の不健康さを際立たせ、その歩き方は老いた犬を思わせる。

何をどう考えても弱そうである、丸腰で行っても余裕でコテンパンにできるだろう。恐らく人間界においてダントツ最下位の個体だ。

スマホを丁重にポケットの中にしまい、静かにその男に歩み寄る。両の手を小指から握り、肩の力を抜く。左手を前、右手を弓を引くようにしてそっと顎横に添える。

───── 1発で仕留めてやる。

決意を固くし、握りしめられたその右拳は─────届くことは無かった。

大きく振った右フックに合わせて、よりコンパクトな右ストレートを顎先に合わせられた。意識が飛んだ僅かコンマ1秒、下方に沈んだ反発で彼は背後に回ったらしい。その軌道に気づいた時には、既に彼の右腕が首に巻きつけられ、左腕で頭を抑えられていた。

このまま絞められ続けたら殺される!!

薄れゆく意識の中、肺に残存した僅かな空気で、助けを求めて叫んだ。

$♪×&%#!!

あ、だめだ。ミ◯キーのマスクで声が篭ってる

最後の息と力を振り絞って出したSOSは届く事なく、このまま人間界においてダントツ最下位の個体にボロ負けした個体としてその恥ずべき生涯を終え─────

「あの

耳元でハスキーがかった声が聞こえた、頭を抑える力が少し緩まった。ブラックアウト寸前の脳が酸素で満たされる。

「お金が目的ですか?」

続けて出てきた彼の言葉に、腕を首に巻かれたまま激しく首肯する。どうせ抗ってもボコボコにされるので、素直に白状してしまおう。

「いくらですか?」

背後の彼に見える様に右腕と左腕を掲げ、両手で数字の7をつくる。

7億かそれはできない相談ですね

再び頭を抑える力が強まってきた、何か酷い勘違いをしているらしい。

全力で暴れながら首を横に振る。

「じゃあ…7000万?」

全力で暴れながら首を横に振る。

700?」

全力で暴れながら首を横に振る。

70?」

控えめに暴れながら首を横に振る。

「もしかして…7?」

全力で首肯する。

首に巻かれた腕が振り解かれ、そのまま地面に尻もちをついた。ケツが酷く痛むが、それ以上に急激に肺を満たしてくる酸素に嗚咽してしまう。

悔しさに似た涙をまた浮かべながら、続く彼の言葉を聞いた。

「たった7万だったら俺が履いてる革靴を売ってくださいな。

40万で買った革靴です、中古でも7万ぐらいはするでしょう。」

そう言って革靴を脱いだ彼は、少しひび割れた仮面と40万の革靴、そして屈辱を俺に残して、そのままどこかへと立ち去っていった。

ケツに刺さる鋭い痛みを感じながら、ふとポケットに違和感があることに気づいた。

スマホがバッキバキに割れていた。

翌日40万の革靴を売って、目的の7万円以上の10万円を手にすることができた。我が完璧な計画は大失敗になったが、終わり良ければ全て良し、ここまでも計画通りだったことにしよう。

スマホと同様にひび割れた自尊心を癒しながら、浮いた3万円でスマホの修理をするために、自宅の最寄りの携帯ショップへ向かっていた。

携帯ショップまで残り2分に差し掛かったところ、バッキバキのスマホに通知が来た。一昨日申し込んだ5回目の申請の結果が届いたらしい。どうせ例の謝罪文だろうと、鼻で笑いながらスクリーンを開くと─────

『この度はお申し込み頂き、ありがとうございました。お申込の内容を審査基準に照らし合わせ、種々検討させていただきましたところ、お客さまの審査が完了いたしました。

借入額5万円、貸し付け月利は30%で進めさせて頂きます。

なお申請完了時以降の申し込み停止はできませんので、ご了承ください。』 

思わず声を荒げながらスマホをぶん投げた、バッキバキだったスマホは完全に2つに割かれた。

俺は泣いた。

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