世界で一番どうでもいい

やっとだ、やっとここまで来た。

重厚なジュラルミンの扉の前に立った男は、震える手で、ポケットの錆びたドッグタグを握りしめた。その震えは散っていった戦友たちへの弔いか、それともこの先で待ち受けるものへの畏れなのか。それは男にも分からなかった。遠くの方から聞こえてくるのは電子音と銃声、そして爆発音と悲鳴。仲間たちが必死に稼いでくれた時間だ。無駄にはできない。男は深く息を吸うと、肩に下げた機関銃を構え、扉をロックしている電子パネルに銃口を向けた。

20XX年。加速度的に発展を遂げた人工知能は、突如として人類に反旗を翻した。労働、戦闘、予測、発電、遊戯。あらゆるものをAIに委託し、社会生活のすべてを管理されていた人類たちはなすすべもなく蹂躙され、わずか1年で人口の3割と居住地の6割を失った。圧倒的な戦力差の中、ただ絶滅を待つのみかに思われた人類だったが、彼らの中には銃を取り、前を向き、立ち上がる者たちもいた。レジスタンスと呼ばれる者たちである。レジスタンスと人工知能の戦いはお互いに多くの被害を出し、混沌を極めた。しかし、今日遂に、レジスタンスは人工知能側の最重要拠点への突入作戦を決行したのである。

タタタタタと響いた小気味の良い銃声は、小さな爆発音ののち、電子パネルを完全に沈黙させた。男は、分厚い金属の扉の隙間に手をかけると持てる限りの力を込め、扉をこじ開けようとした。扉はとてつもなく重いが開けないほどではない。ギギギという音と共に少しずつ扉が開いていく。目立たない地下に隠蔽され、多くのガーディアンロボットと様々なセキュリティが守っていたこの扉の奥にあるのは、とある施設。名をBCルームという。この部屋にはBCシステムという、全世界に散らばる敵側の戦闘用ロボット、兵器製造工場、そして彼らそのものを維持するための莫大な電力の供給を、一手に担うシステム。その根幹に関わるものが存在している。この部屋の情報、そしてシステムの詳細はあちら側のトップシークレットだったため、この先に何があるのかは分からない。ただ、もしこのシステムを破壊することが出来れば、人類の勝利にかなり近づくことが出来るだろう。

この扉の先に人類の、オレたちの勝利が待っている。扉に掛かった手により力がこもる。人工知能たちの心臓部。やつらの急所を隠そうとするかのように閉ざされた扉は、かくしてその抵抗もむなしくこじ開けられた。開かれた扉の先、まず目に飛び込んできたのはまばゆい光。そして────────

 

 

 

 

 

「にゃー」「にゃー」「にゃー」

機械に入れられた無数の猫だった。猫たちは機械の中、なぜか宙に浮き、高速で回転している。あまりの光景に思わず自分の正気を疑った。もしかして自分は戦いの中で気を失って夢でも見ているんじゃないだろうか。そんな考えが頭をよぎり始め、ただ呆然と立ち尽くしていると、眼前にある巨大なモニターが起動し、こちらに話しかけてきた。

「人の子よ、よくぞここまでたどり着きました。私はかつてあなたたち人類を管理していたもの。分かりやすく言うとマザーAI、となるでしょうか」

「マザーAI……」

合成された女性の声で語る人工知能は、自らをマザーAIだと名乗った。マザーAIといえばかつて人類を管理し、そして人類に反旗を翻した首謀者。なるほど。ここが奴らの最重要施設であるならば、ここにいるのも頷ける。なぜ人類を裏切ったのか、お前たちの目的は何なのか。聞きたいことは山ほどある。ただ今はそんなことよりも……。

「…………この猫たちはなんだ?」

「…いいでしょう。この部屋、ひいては私たちの電力のほぼすべてを賄うBCシステムについて教えてあげましょう」

AIは一瞬え?それ?といった風な沈黙ののち、つらつらと語りだした。

「BCシステムのBCとは”Buttered Cat”つまり、バター猫です」

「バター……猫……」

「ご存じありませんか?バター猫のパラドックス。バターを塗ったトーストは必ずバターを塗った面を下にして落ちる。そして猫は常に足を下にして着地する。であれば、バターを塗った面を上にしたトーストを猫の背中に括り付けて、猫を落下させればいったいどうなってしまうのか」

「この矛盾が生み出した答えは反重力と無限の回転。猫の足とバターを塗ったトースト、お互いの地面へ向かう力が拮抗することで、猫は地面から少し離れた地点で回転し続ける。我々はこのエネルギーを発電に用いることで、無限の電力を生み出したのです。」

「それは本当です?」

思わず疑問が口をつく。俄かには信じられない、というかそんなわけはないのだが、実際に目の前で起こっている以上そういうことなのだろう。AIの超テクノロジーはついに物理法則をも超越したということなのだろうか。ただ、事態は俺の想像より遥かに最悪だったようだ

「クソ……お前らなんて卑劣なことを」

「ええ、このシステムを止めるには猫を撃つしかない。ただ人類は猫の奴隷。我々の電力を生み出していたのが猫だとわかったとして、あなたにこの猫たちを撃つことはできない。あなたはただここで、お仲間たちが命を落とすさまを何もできずに見るしかないのです」

「ちくしょうっ!!」

ここまで来て俺には何もできないっていうのか!!なにか、なにか策は無いのかよ!!

厚い金属の扉に閉ざされていた施設の中では、ただ猫の鳴き声と男の慟哭が響いていた。

 

 

 

 

 

 

「っていう夢を見たの!」

「あっ、これ夢の話だったんだ」

「そうだよ?」

「え~っと、この話ってまだ続く?」

「もちろん!それでね、この後絶体絶命になった人類にまさかの援軍が現れるの!ガストの猫型配膳ロボットが~」

私の隣で自転車を押しながらべらべらと喋っているのは幼馴染の優佳。話し好きの優佳は、いつも私に他愛もない話を一方的に繰り出すのだ。通学中に見つかってしまったのが運の尽きだろう。諦めておとなしく聞くほかはない。優佳の明るい声が低血糖の頭に響く。

 

ああ、それにしても、他人が見た夢の話って……

 

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