ワンコ研

春。それは始まりの季節。暖かな陽光に照らされた桜の花が、笑顔はじける前途多望な新入生たちを祝福するかのように舞っている。前に進む者たち全てを肯定する。そんな景色の中、未だに何一つ始められない男が一人。

サークル決まらねー…。

僕の名前は犬塚新太。ご覧のとおりの犬好きだ。最近の悩みは、とにかくサークルが決まらないこと。某地方の田舎町から単身このハム阪大学に乗り込んできたはいいものの、周りに知っている人間が誰一人いないため、なかなか友達作りに苦戦している。というわけで、サークルに入って交友関係を広げようと思ったのだが、ここで一つ問題が発生した。そう、この大学には犬関係のサークルが無いのだ。調べてみたところ、猫にまつわるサークルはいくつかあるようなのだが、なぜか犬に関するサークルはいくら探しても見つからない。これも猫派による陰湿な工作のせいだろうか。思えばこの世は猫に支配されている。猫カフェは巷に溢れているにもかかわらず、犬カフェは猫カフェのそれほど世間に広まっているとは言い難い。アニメに登場する人気キャラクターも、青い猫のロボット、ハチがワレた猫、りんご五個分の身長の猫乙女など、猫猫猫だ。LOVEポチャッコ、LOVEポムポムプリンである。それに、猫ひろしはいるのに犬ひろしは「そういやさー、ワンコ研って知ってる?」

「ワンコ研!?」

ワンコ研。たまたますれ違った名も知らない男子二人組から聞こえた、その甘美なる響きの単語につい反射的に反応してしまった。

「すいません!ワンコ研ってどこにあるんですか!」

「え……?あぁ……それなら9号館の方だったと……」

「ありがとうございます!」

通りすがりの二人にお礼を言い、足早にその場を後にした。背後から二人の困惑した視線が突き刺さる。無理もない。知らないやつに急に会話に割り込まれて、いきなり訳の分からない質問をされればこんな反応にもなるだろう。こっちだってめちゃめちゃ恥ずかしいが、まあ仕方ない。僕にとって犬は何よりも優先されるのだ。耳まで紅潮した顔を冷ますように、一心不乱に9号館へと向かう。

 

 

「ここか……。」

着いたのは、9号館の、ほど近くにある部室棟。扉の前には何も書いていないが、念のため部室棟近くにいた人に聞いてみると、ここがワンコ研の部室で間違いないらしい。ワンコ研…。詳しい活動内容は分からないが、きっと名前からして犬にまつわる活動をしているのだろう。もしかしたら部室で犬を飼っている、なんてこともあるかもしれない……。夢が広がるなぁ……。僕はまだ見ぬ犬好きの同志たちへの期待に胸を膨らませながら、勢いよく扉を開けた。

「失礼します!」

扉の先にいたのは3人の男。急に部室に入ってきた僕に対して、驚いたような様子でこちらを見ている。まあそれはいいとして……あれ?3人が過ごしても余裕があるような部室の中には、生きた犬はともかくとして、本やポスター、カレンダーなど、犬の要素を感じられるものが一つもない。ここってワンコ研であってるよな?

「あ、もしかして入会希望の方ですか?」

「あっ、はい」

扉の前でぽかんと立ち尽くす僕に、近くにいた優しそうな顔の男性が話しかけてきた。どうぞどうぞ、こちらへ、まあ何もないけど、と促されるままに、空いていた椅子に座る。部屋の中まで入ってきたものの、あるのは小さな冷蔵庫やテレビ、漫画くらいのもので、やはり犬に関するものは何もない。ワンコ研はここで間違いないはずなのだが、不安がぬぐえず、恐る恐るその疑問を口にした。

「あの……ここって”ワンコ研”、であってますよね?」

「はい、ここは”ワンコ研”……”ワンピース考察研究会”の部室であってますよ」

ワンピース考察研究会…………”ワン” ピース “コ” ウサツ研究会…………ワンコ研…………。……………….そっちかぁ~!!!!

眼前の優しそうな男から発せられた予想外の回答に思わず天を仰ぐ。ワンコ研……。犬じゃなくて”ワンピース考察”の”ワンコ”かよ……。いやまあ、あんなに探したのに僕が犬関係のサークルを見逃すか?とは思ってたんだ……。でもまさかこういうオチとは……。

やっと見つけたはずの桃源郷が目の前で音をたてて崩れ去った。そのショックでうなだれていると、優しそうな顔の男が心配そうに話しかけてきた。

「大丈夫……?」

「ああ、はいなんとか…….」

「そう……?じゃあ早速だけど自己紹介するね。ぼくはこのサークルの部長をやってる大門と言います」

そう言うと、目の前に座っている男……大門さんは、思い思いに過ごす他のメンバーに、おーい新入生に紹介するからこっち向けと声をかけた。

「えっと、じゃあ軽く部員を紹介するね。こっちの眼鏡をかけた彼が2回生の細田君」

「細田です。よろしく。君オマツリ男爵見てる?悪いけど見てないやつとは話したくないんだよね」

そう言って細田さんは手を差し出してきた。え?どういうこと?

「ワンピースの映画の、オマツリ男爵ってわかる?彼はそれに憑りつかれててね……。まあ、悪い奴じゃないよ」

いやますます意味わかんないけど……。そう思いながらも恐る恐る返事をし、差し出された手を握る。

「あっ、一応見たことあります」

「よろしい」

それだけ言うと、細田さんは僕の手を離して、それまでいじっていたパソコンの画面にもう一度向かい、再び何かの作業をし始めた。なんだこれ。

「いやー、びっくりしたかな。まあ彼も、ちょーっとだけ変わったところはあるけど、基本いい奴だから」

ちょっとだけ?ほんとに?大門部長の言葉には、大きな疑問符が付くものの…………まあいいだろう。別にこのサークルに入るつもりは無いし、適当に聞き流しとこう。

「次に……そっちの彼は2回の高砂くん。高砂くんはすごくてねぇ~、ワンピース考察系Youtuberやってるんだよ!」

「へぇ~…」

大門部長の紹介を受けると、動画の編集中なのだろうか、少し太った男が、パソコンをいじりながら片手を軽く上げてよろしくとあいさつした。考察動画か…。僕もそれなりにワンピースの考察動画は見るが、もしかして有名な方だったりするんだろうか。だったらすごいなと、思いつつ、それとなく探りを入れる。

「ちなみになんていうチャンネルなんですか?」

「え~っと、ちょっと待ってね……。あった、これだこれ」

そう言うと、大門さんは自分のスマホの画面を見せてくれた。そこには高砂さんのものであろう、YouTubeのチャンネルが表示されていた。

『ドロシザ 【Drop the Scissors】』

「モロパクリじゃないですか」

「え?どこが……?」

僕の言葉を聞いて、大門さんは全く理解できないといった風に首を傾げた。いやいやいや、明らかに某兄妹ユーチューバーを意識してるだろ。

「あ、もしかして名前?いやいや、これは高砂くんが部室でハサミを落とした時にたまたま思いついたんだよね。そもそもこんな珍しい名前、そうそう被るわけないじゃん!」

ね!高砂くん!と大門さんが微笑みかけると、高砂さんは伏し目がちに、……ッスと返事をした。これは確信犯(誤用)だな……。ただ、見た感じ大門さんは本気で気づいてなさそうなので、あえて触れないことにする。

「あっ、高砂くんの動画見てみる?確か人気の動画が何本かあったはず……」

「へー、じゃあ見せてください」

正直あまり期待はしていないが、まあ毒を食らわば皿までとも言う。怖いもの見たさで一応見せてもらうことにした。

『シャンクス、39人いた!?』

『イム様、ギンだった!?』

『豪水、4つ目の古代兵器だった!?』

「彼の考察はね、独自の視点に基づく斬新な意見、そして唯一無二のオリジナリティが視聴者から高い評価を得ているんだよ」

「物は言いようですね」

唯一無二というかバカすぎて誰も動画にしなかっただけでしょ。ネタ系考察ユーチューバーでも動画化する前に予選落ちにするよこんなもん。よく見ると再生数も20とかそんなもんだし。チャンネル登録者も30人くらいじゃん……。

「ほら見て!コメント欄でも絶賛されてるから!」

『この人の考察見るともう他の人の考察見れないわ…』

『尾田先生に消されるぞ!w』

この登録者数でこのタイプのファン付いてることあるんだ。こっちの方が空白の100年よりよっぽど謎だよ。

脳内を様々な言葉が駆け巡るが、とりあえず黙っておく。まあ、人が人を褒めているところに、わざわざ水を差す必要もないだろう。当の高砂さんは、大門さんに絶賛されて相当気を良くしたようで、ペラペラと今作っている動画について語りだした。

「いやぁ~、その動画もいいんスけど、今作ってる動画はマジでヤバいっす。この動画上げたらこれまで以上に再生数回っちゃうだろうなぁ…。ロジャーの能力に関するやつなんですけど、題して『ロジャー、』」「アホか、ロジャーなんてゴルゴルの実の黄金人間とかに決まってるだろ、ゴールド・ロジャーだし」

気持ちよさそうに語る高砂さんを、細田さんが心底あきれた声で遮る。

「アホはお前だ!ゴルゴルの実はFILM GOLDに出てんだよ!ロジャーの実なわけねぇだろ!」

「『FILM GOLD』?オマツリ男爵以外の作品に見る価値などない!!」

「またそれかよ!いい加減他のも見ろって!お前本編すらまともに読んでねぇだろ!」

そうやって、2回の2人は僕たちそっちのけで喧嘩を始めた。大門さん曰く2日に1回はこうやって喧嘩をしているらしい。本当に大丈夫かこのサークル。大門さんの基本的にはいい奴らだからという声は、もはや僕の心に響くことは無く、ただ虚しく鼓膜を通り抜けるのみである。

「と、とりあえず!今ここにいる部員はこれで全部かな!他にもここにいない部員が何人かいるけど、みんないいやつだから安心してね!!」

2人の喧嘩が繰り広げられる中で、大門さんが強引に締めにかかった。『みんないいやつ』というもはや一円玉ほどの重みすら失った言葉はいいとして、どうやら他にも部員がいるらしい。だとしたら……。僕はさっきからずっと気になっていた、あることを大門さんに投げかけた。

「他にも部員がいるらしいですけど……じゃあ、あそこでズボンにアイス食わせてる人も部員ですか」

そういって僕は窓の外を指さした。部室棟一階、この部室の窓からは古ぼけたベンチが見えるのだが、数分前、そこに座ったスーツ姿の男が、ニコニコしながらアイスを自分のズボンに擦り付け始めたのだ。その笑顔は、まるで愛犬にエサを与える慈悲深い飼い主のそれである。正直こんな狂人今まで見たことが無いが、ここの部員ならズボンにアイスを食わせていても合点が…………いかないこともない。

「え?」

僕が指摘すると、大門さんは驚いた様子で窓に駆け寄り、ズボンにアイス食わせ男を視認した。あれ、何その驚きよう。

「えぇ…誰あれ怖い…….。あんなヤバい奴見たことないよ……。まあハム阪大の周りは変な人多いからね、君も気を付けた方がいいよ」

あの人このサークルと関係ないの!?え、じゃあ普通に地域の変わりもの…ってコト!?ワンコ研の存在だの正体だのを差し置いて、なんなら今日一番の衝撃である。呆然と立ち尽くしていると、大門さんがカーテンをシャッと閉め、コワ~…と呟きながら席に戻った。

『たくさんお食べ~』

なんか外から声が聞こえてくるような気もするが、とりあえず無視する。どうやら僕たちがちいかわに慌てふためいていた間に、2回の2人の喧嘩も一段落したようで、お互い元の席に戻り、ふぅ~と一息ついていた。

「いやぁ~、見学に来てくれた君もごめんね。オマツリ男爵しか見ない変な奴がいるせいで迷惑かけて…。」

「いや、底辺ユーチューバーの方がよっぽど迷惑だろう」

わずかな火種から再び開戦しそうな二人を大門さんがまあまあ、と諫める。僕から見れば二人とも同じくらい変なんだけど……。まあ、もちろんそんな藪蛇なことは口に出さない。ただこの場にいないかのように、3人の趨勢をじっと静観する。このサークルははっきりいって相当おかしい。あまり関わりたくはない。そう思う反面、心のどこかでこのサークルに惹かれ始めている自分もまたいるのだ。元々ワンピースは好きな作品の一つだし、大学に入る前は、あの山と山と山しかないような田舎町で、こういう大学生活に憧れていたのも確かだ。この大学に犬系のサークルが無いのなら、いっそこのままこのサークルに入るのもアリかもしれないな…。

「あの……!」

「しっかし、このサークルでまともなのって大門部長くらいだよなー」

「いや~、そんなことないよ。まあ僕が君たちに比べると地味な活動しかしてないっていうのはあるかもだけど」

「いやいや、そこの考察ユーチューバーに比べたら部長の方がよっぽどまともですよ!何しろ、ガイモンさんの夢小説を書いてるだけ」

ガララッ!タッタッタ……

「あれ?新入生くん帰っちゃった……どうしたんだろ?」

「トイレかなんかじゃないですか?」

「かもね~。あの子ワンピース好きそうだったし、帰ってきたらきっとうちのサークルに入ってくれるよ!!」

アッハッハッハッハ

その日、部室棟一階からは、海賊の宴のような明るい笑い声と、光の速さでその場を後にする足音が聞こえたという…。

 

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