ムテキセールス

「見えない!?セールスはお断り!!」

ミカの前で、無情にも扉は音を立ててしまった。住人のあまりの剣幕に立ちすくむことしかできなかった美佳は、自分の手からすっぽんエキス入りの天然水ボトルが滑り落ちる感覚で現実へ引き戻された。夕暮れのチャイムが鳴る団地の廊下を、ドリンクでぱんぱんのカゴを引きづるようにして歩く。また今日もダメだった。帰ったらまた営業スコアボードにバツ印を付けなければいけないことを考えると、憂鬱で憂鬱で仕方なかった。団地の前の公園で、子供たちが手を振り合いながらそれぞれの家へと帰っていく。そんな様子を見て、「あの子たちがそれぞれ一本ずつ家に持って帰ってくれたら良いのにな」なんていう発想がぱっと思い浮かんでしまい、そんな自分が恥ずかしかった。ちょっと休んでいこうと思って、ヘロヘロの体でベンチにへたり込む。目の前には子供が作りっぱなしにしてある砂の山がいくつかある。ストレス発散にあれを踏みつけてやろうか。大人は怖いんだ、と社会の厳しさを教えてやろうと立ち上がった瞬間だった。

「センスが足りない」

凛と響く中性的な声が、後方から聞こえた。振り返れば、そこには胸くらいまでの髪を適当にひもで縛り、よれよれのワイシャツとやぼったいプリーツスカートを履いた、小汚いOLのような女性が立っていた。彼女はポケットからこれまたぐしゃぐしゃのタバコ箱を取り出して、たばこを咥えた。マッチでそれに火をつけて一服してから、彼女は言った。

「君に欠けてるのはセンスだよ、新米ちゃん」

ふぅっと彼女は私の顔にたばこの煙を吹きかけた。しかめ面をする私に彼女は続けた。

「最強の販促を知りたくないか?」

ニタニタ笑いながら彼女は言った。モチロン、そんなの知りたいに決まっている。このどうしようもない現状を変えるためならどんな惨めな手段でも使ってやる、そんな気持ちで美佳は強気で答えた。

「知りたいですよ、知りたいですとも。私だってしたくてこんなどん底のような気持を味わっているわけじゃございませんので」

その返答を聞いて、くたびれたOLはさらに口角をにぃと上げた。

「いい答えだ。着いておいで、私が販促のすべてを教えてあげる」

そう言って彼女はスタスタと団地のほうへ歩いていく。

「ちょっ、待っ…..」

そうもすたすた歩かれても、こちらには7Lの水が所持品に加えられているのだ。そう簡単に動けない。そんなミカの様子を見かね、彼女は振り返った。

「そんなヘド水置いときな。誰も盗ったりなんかしないよ、私だったら水道水を飲むしね」

さげすむような眼ですっぽん天然水を見て彼女は言った。美佳はかごの中から一本だけボトルを取り出し、彼女に突き出した。

「とやかく言う前に、一本呑んでみたらいかがですか」

OLはバカにするような手つきでそれを受け取り、しぶしぶといった感じで口の中に流し込んだ。そして、

「ふぅん、思ったより悪くないじゃん」

と目を細めて残念そうに言った。これを見逃す美佳ではない。

「お名前をここにいただけますか?三か月パックならお得にお買い求めいただけますよ」

そう言って定期契約の契約書が挟まっているクリップボードを彼女に差し出した。彼女はちょろちょろと目玉を動かして規約を読んだ後、備え付けのボールペンでサラサラと名前を書いた。

「二階堂一花さん…。ご契約ありがとうございます!」

美佳は自分が勝ち取った初めてのお客の名前を神妙な顔をして読んだ後、彼女、二階堂に深くお辞儀をした。二階堂はそれを見ようともせずくるりと振り返り、団地のほうへ歩いていく。美佳もその後ろにすたすたと付いていこうとするが、二階堂が振り向かずに彼女に言った。

「かごも持ってきなよ、盗られちゃ困る」

それを聞いて美佳は満面の笑みを浮かべた。

「はい!」

 

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