ピグマリオン

「悪いが今のままでは許可はできない」

「なぜですか、部長!」

男はそう言って嘆願するものの、部長と呼ばれた男の反応は変わらず鈍かった。2人がいるのはあるオフィスの一室。男は、上司である目の前の男に、彼が開発した新たな製品の開発の許可を貰いにいったものの、けんもほろろに断られてしまったのだ。

男が開発しているのはいわゆるスマートスピーカーの発展版と言えるもので、冷蔵庫ほどの大きさの筐体の前面に液晶が貼られ、その画面に投影されたアバターが部屋の電気の明滅から健康の管理、果ては話し相手まで完璧に行う。それを可能にしているのは男の開発した最新のAIで、人間と遜色ない受け答えが出来るだけでなく、使えば使うほど情報が蓄積されパーソナライズされていく。まさに自分だけの友達、恋人、ないしは家族を生み出すことが出来る魔法の箱。男の開発したAIは既存の類似技術と比べても革新的なものであり、実用化にさえこぎつければ爆発的に売れることは間違いなかった。

「何故ですか!?これを発表したら世界がひっくり返りますよ!」

「だからこそだ。このAIは完璧に人間らしく振る舞う。だがもしかしたらそのせいで現実の人間関係に致命的なダメージを与えてしまう可能性もある。現状このAIが人に与える影響がまだ分からない。その段階で話を進めるのは時期尚早だ」

「AIが与える影響…?まさか部長までシンギュラリティを超えたAIが人類の削減をどうのこうのとかいう終末論を唱えるわけじゃないですよね」

「あぁ…さすがにそれは陰謀論の領域だろうが似たようなことは起きうるとは思っている。高度なAIを積んだロボペットの台頭でリアルなペットの飼育数が減少した…みたいなデータもあるしな。人類がもうルビコン川の手前まで来ているのだとしたら、その先鋒になりうる俺たちは何を世に送り出すのか。それを慎重に判断する社会的な責任があるんだ」

その後もいくらかの問答が続いたが、男の熱意も虚しく部長の首を縦に振らせることは出来なかった。ただ部長も彼の作った技術をただ無視することは出来なかったのだろう。最終的にいくつかの施設で臨床試験をするということで落ち着いた。

 

「部長は何も分かっちゃいない!」

男は玄関の扉を開けてそう吐き捨てると、乱暴に電気のスイッチを叩き、廊下にコートを投げ捨てた。

「あなた…」

いつもと比べて明らかに荒れた様子の男を見て、彼の妻が心配そうに声をかけた。

「ごめんごめん。驚かせちゃったね」

男は食器棚からカップを取り出すとインスタントのコーヒーを注ぎ、静かに口をつけた。

「お仕事で何かあったの?良かったら教えてくれない?」

「あぁ、実はね…」

 

 

「そう、そんなことが。部長さんはあなたのことを理解してくれないのね」

「そうなんだよ!部長は考えが古いんだ!AIの危険性が熱心に説かれてたのなんてもう何年も前の話さ。危険だって言ってやらなくても他の誰かがするだけだ。もうAIとは手を取り合って生きていくべき時代が来てるんだ。」

「大丈夫。あなたは間違ってないわ。きっといつか理解して貰える時が来るわよ」

「優香…」

 

新型AIの臨床試験が始まってから数週間後、男のAIを取り巻く雰囲気が変わり始めた。

「新型AIの試験運用、予想以上の反響です!」

 マーケティングチームが興奮した声で報告する。

「メンタルケアの面で、企業や医療機関から導入の要望が続々と…」

「高齢者向け福祉施設でも、『孤独感の軽減に役立つ』と絶賛されています!」

「また、新型AIを導入した企業で、メンタルヘルスの改善が顕著に見られるとのデータが出ました」

さらに内々にではあるが、政府機関や海外の有名企業からも照会が多く入ってきた。

「これは…」

 部長は、報告書を見つめながら眉をひそめた。

 この技術に関する懸念はもちろんある。しかし、すでに社会からこれほどまでに求められているとは。部長は数瞬目を瞑り天を仰ぐと、意を決したように男を呼び出した。

「……考え直した。お前のAI、認めることにする」

 男が驚いた顔を向ける。

「どうして急に?」

「この技術が市場に出れば人類にどんな影響が出るかは分からない。ただ臨床試験で多くの好意的な結果がでているのも事実だ。であれば、実用化に向けてのGOは出さざるを得ない。もちろん倫理的な問題や社会に与える影響については慎重に扱う必要があるがな」

 こうして、男の開発したAIは市場へ投入する方向で実用化に向けての取り組みが正式に開始されることとなった。

「よしっ!」

部長との話を終え、席に戻った男は人目も憚らずに喜びの声を上げた。

「良かったな!お前ずっと頑張って来たもんな!」

「すごいぞ!良くやったな!」

周りの席の同僚や上司も素直に男を褒め称えた。

「ありがとうございます!胸の支えが取れた気分ですよ。今日は早く帰って妻に報告したいと思います」

そう言うと男は直ぐに荷物をまとめて会社を後にした。

「そうか奥さんに………….あれ、そういえばあいつって結婚してたんだっけ?」

「さあ?でもそう言ってるってことはしてたんじゃないですか?」

オフィスを出た男を見送りながら、同僚たちは静かに眉をひそめた。

 

「ただいま!聞いてくれよ、ついに俺のAIが認められて!」

男は帰ってくるなり喜びを爆発させ、直ぐに妻に声をかける。妻は微笑をその顔に称え、ん素晴らしい成果を持ち帰ってきた夫をねぎらった。

「そう、おめでとう。」

「良かったわ……とても」

 

その声色に少し違和感を感じたものの、目の前にあるのはいつもと変わらない彼女の笑顔。夜空に輝く大きな月はカーテンの隙間から大きな液晶の画面とその向こうの微笑みを照らしていた。

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