バレンタイン、俺のクラスにはチョコレートをバカみたいに貰う内田と言う男が居た。バカみたいに、というのは決してオーバーな表現ではなく本当にバカみたいに貰うのだ。風の噂によると、奴に贈る為のチョコレート需要がこの県のチョコレート売上の半分を占めるとか。また、雲の愚痴によれば奴が高校に入ってからの2度のバレンタインで貰ったチョコを一箇所に集めると25mプールが優に埋まるとか。
内田は野球部のキャプテンで、くしゃっとした笑顔が特徴の人当たりのいい奴だ。俺と内田は同じ中学出身で、中学の頃はまあまあ仲が良かった。だが高校に入ると、奴の人あたりの良さがどこか表面上のものに変わった気がして、俺から距離を置いたことで疎遠になっている。
で、今日がそのバレンタインである。登校してきた内田の両手には既に、光秀の首くらいならちょんまげ含めて全部隠せそうな大きさの紙袋が携えられていて、中には乱雑にチョコの箱が詰まっていた。
クラスメイトに「よぉ」と軽く挨拶をしながら席に着く内田を見ている俺のチョコの数はというと無論ゼロである。ゼロを発見したという暑苦しいどこかの国の偉人が居なければ、俺はここまで惨めな気持ちにならずに済んだのに。なんてくだらないことを考えながら次々と生徒が押し寄せる始業間際の校門を窓から見下ろしていると、
「えっ……」
眼下、校門の外にはここ数ヶ月俺が熱を上げている近所に住むお姉さんが居た。彼女はなにやら小さな箱を胸に抱えて……小さな箱、もしかしてチョコレートか? そんな疑念をもって、よくよく目を凝らしてみれば、その箱は赤色で金のリボンで十字にラッピングされている。やはり間違いない、チョコレートだ。こんな日にあんなに大事そうにラッピングされた小箱を抱えている時点で間違いなくチョコレート確定だ。
うーん、もしかして俺に渡しに来てくれたのだろうか。学校に俺以外に知り合いが居るとは考えにくいし、コレ全然あるな。てか、今からでも取りに行くか?走れば始業にギリ間に合 ───
─── キンコーンカーンコーン
「よーし、全員揃ってるかー?遅刻は居ないなー」
無慈悲な始業ベルと共に担任が乱雑にドアを開けて入って来て、俺は現実に引き戻された。
「どうだー内田、チョコ貰ったかー?」
見たら分かるだろうに担任はそう冗談を言い、内田は「どうっすかね〜」なんて返す。再び奴の方に顔をやると、またチョコが増えていて机と机の間の通路に散らばっているほどだ。俺が外に夢中になってる間も、大勢がチョコを渡しに来ていたのだろうか。恒例の行事すぎるからか誰も騒がないから気付かなかった。
まぁいいや、俺も最愛のお姉さんからの一個があるんだ……多分。チョコレートは量じゃない、質なのだよ。心の中でそうボヤいて俺は教師の連絡事項に耳を向けたのだった。
放課後、帰宅の波に乗って俺も校門へ流されていく。前では内田のやつが本校の生徒ですら無いよく分からないものにまでチョコレートを貰いながら歩いていた。不法侵入だ、と声を上げたくなるが誰も気に留める様子は無いので俺も何も言わないことにする。
例年なら嫉妬とこの世の世知辛さに嘆いているところだが今年は違う。なんてたって校門にはお姉さんが首を長くして待っているのだ。ほら、今も目の前で目をハートにして内田にチョコレートを渡して……あれ? あれあれあれ?訳が分からなくなりそうで、思わず頭を掻きむしる。血が頭に昇っていくのもそのままに、俺の視界は暗転した。
五分後。
パキッ、という歪な、まるで骨が折れたかのような音で俺は気を取り戻す。
目の前で蹲ってる血だらけの男と拳の内出血による鈍痛で、ようやく俺は自分がやったことを自覚した。どうしようも無い衝動に駆られた俺は無意識に内田に殴りかかったのだ。突然後ろから押し倒された奴は為す術なく、結果がさっきの音だった。正気になった俺は、慌てて奴が彼女から貰ったチョコの箱だけを奪って逃走する。背後で女子の悲鳴や、怒号をあげる奴の友人の声が五月蝿かったが、聞こえないふりをして走り続けた。
パキッ、チョコが割れる心地よい音が部屋を占める。息も絶え絶えに家に帰ってきた俺は手も洗わずに自分の部屋に駆け込んで、チョコを頬張った。奴から奪ったお姉さんのチョコは不思議な味がした。口の中でチョコが熔けていくにつれて、自分の心も溶けていくような。ぼーっとしてきて、どんどんと視界が黒いモヤに包まれてきて、それで、それで……何だっけ?狭まる視界が最後に捉えたのは窓の外から首だけ伸ばしてこちらの様子をじっと伺うお姉さんの姿だった。
パキッ、ろくろ首は魅了にかかってしまった哀れな男の頚椎をその首で締め折った。甘美な匂いを撒き散らす内田という人間を喰らうことが出来なかったのは彼女にとって残念ではあったが、今まで二年間、ありとあらゆる怪異が喰らおうとしても生き残っている傑物だ。元よりさほど期待はしていなかった。
それにしても、バレンタインにチョコを渡すという手法を取る怪異がアレほど居るとは。ろくろ首はそう苦笑しながら、男を喰らい始めるのだった。
