小鳥の鳴く声、木々の間を風が抜けていく音が黒い服に身を包んだ集団を森の奥、少しだけ開け日の光の良く届くこの場所で歓迎していた。彼らの視線の先には、巨岩の前にゆったりと横たえられた穢れなく白い木材で仕立てられた美しいお棺があった。お棺に彫り込まれたイリビキの枝は再生と繁栄の象徴であり、その枝が幾重にも交差するデザインは、お棺の人物が生前どれほど慕われていたかを雄弁に物語っている。黒の服の人はちらちらと懐中時計に目をやったり、自分たちの通ってきたけもの道の方を振り返ったりと、何者かを待っている様子だった。
「すみません、お待たせしました」
そんな彼らの前に、お棺の向こう側の岩場の方から一人の少女が姿を現した。右手には長いヒノキの杖、新緑の色のローブをまとって、腰ほどまである長い金髪を翻らせながら、集団の方へ近づいてくる。
彼女はそのままお棺の横で立ち止まり、棺に向かって一礼をした後、集団へ向き直る。
「ではこれより、コルシュ・ルナーテリア様の葬儀を執り行わせていただきます」
少女が年不相応な厳かさでそう言うと場の空気がピリっと締まり、先ほどまで聞こえていたはずの小鳥のさえずりも聞こえなくなるほどだった。
「竜よ、竜よ、彼の御霊を迷うことなく天上へ届けたまえ、その気高き鱗で、爪で、双翼で、残された彼らに恒久の栄誉を与えたまえ、竜よ、竜よ」
こんこんと湧き出る清水のような清純さで、滑らかに少女はよどみなく歌った。その歌声に呼び寄せられたかのように、空から赤と青の二匹のドラゴンがゆっくりと降りてきた。
一同は呼吸も忘れて息をのみ、彼らの一挙手一投足にじっと目を凝らしている。彼らは人間たちに見守られながらどっしりと地面に降り立ち、少女の方へ一瞥をくれたのち、赤いほうのドラゴンが鼻先で棺の上蓋をずらした。
青のドラゴンは覗き込むように棺の中に口元を近づけ、頭からその巨大な口に含み、肩あたりを甘噛みし、そのまま頭を上にもたげ、勢いそのままにごくりと人のみにした。故人を腹に収めたのち、青竜は木々をなぎ倒さんほどの咆哮をあげ、高く空に向かい火を吹き上げた。
しとしとと泣く喪主たちを目の端に、二匹のドラゴンは再び翼をはためかせ、天空へと飛んでいく。
「これで葬儀は終わりです。彼の魂も、竜とともに天国へと行きましたよ」
彼女はそう言って、街へ戻る道を指し示す。それと同時に少女は、背を向け街へ進みゆく喪服の彼らに向けひっそりとリラックス効果のある痺れ回復魔法をかける。これで悲しみを感じても、それを原因としたストレス性の健康被害は何パーセントか防げるだろう。確たる証拠はないが、お守りや気休め程度に彼女は毎回葬儀の締めにこの魔法をかけてやっていた。
葬式の列は消え、森の空き地には一人少女のみが残った。誰もいないことを確認し、少女は二度手を叩く。
「うーし終わった終わった。戻ってきていいよー」
先ほどまるで聖女のように祝詞を挙げていたとは思えないほどのフランクさで宙に向かってそういうと、
「今日の爺さん見た?金属ジャラジャラつけてたせいで腹が重くてしゃーないわ」
「そんな失礼なことを言うなよ、ガーウィー、相手は栄誉ある死者なのだぞ」
「死者に栄誉もくそもあるかっつーの、まぁ金属の食いすぎで脳みそまでカチカチになっちまったランスさんには分かんねぇか」
ごちゃごちゃと口喧嘩をしながら空から青と赤の美しい二匹の竜が下りてくる。赤いほうは地上へ着く直前で柔らかく羽ばたきをし、音もなく着地したのに対し、青の竜は砂煙をあげながらどっかりと尻をついて着陸した。
「ルルはどう思った、今日のガーウィーの作法について」
ルルと呼ばれた魔法使いの少女は少し考えこむ。ここで変なことを言ったら目の前の青いひねくれドラゴンは飯を食わなくなったりちゃんと仕事をしなくなったりする。
「最後に火を噴くのはいらなかったね、今日のお客は喜んでるっぽかったから良かったけど」
ルルはまぁまぁの厚さのオブラートにくるんで「火を噴くな」と言ったのだが、ガーウィーはそんなことを理解できる賢いタイプのドラゴンではない。
「ほら見ろランス、俺のアドリブが今日は妙にさえてるんだ、星占いも一位だったしな!」
「ラッキーだっただけだ。今度お前が星占い再開の時に葬儀を担当してみろ、クレームだけじゃすまないかもしれないぞ」
ドラゴンが星占いなんて気にするなよ、という一言を飲み込みつつ、ルルは二匹の仲裁に入る。
「ほら、喧嘩してないで。そろそろ日が沈むんだから玄関開けてよね」
ルルが顎で巨石に向かって彼らをしゃくると、今日調子がいいらしいガーウィーが勇んで走り寄り、タックルで岩を弾き飛ばした。
「家が削れる!」
とルルが一喝するも、それを無視して岩の裏から現れた大穴の中へずいずいと進んでいく。
まったく、と頭を振るルルに、
「夜すこしいいか?少し話がある」
ガーウィーが走っていた後、何も言わず残っていたランスがささやくようにルルにそう言った。こんな様子は彼らに出会ってから初めてで、ルルは少々面喰いながらも、
「分かった、まずは飯だ」
と言ってガーウィーの後をたったか進んで穴に飛び込んだ。
「ごちそうさまー!」
そういい終わるか終わらないかのうちにガーウィーは側面に彫ってあるねぐらの中に引っ込んでぐーすか寝息を立て始めた。それを確認して、ランスはそっとルルにアイコンタクトを取った。面倒くさい話が始まりそうだったのでそれを無視してガーウィー同様に床についてやろうかとも考えたか、翌朝のランスのしょげ具合が想像にたやすかったので、しゃあなしルルは外へ出た。
「端的に言うが、ルル。私は武者修行に行きたいと思っている。よって、ここで世話になるのは今夜が最後だ」
言葉を理解するより前に、ふざけるなよ、という言葉が出てしまいそうになるのを反射でこらえる。そして、ゆっくり今言われたことを頭の中で反芻し、
「ふざけるなよ」
とルルは言った。
「何自分勝手なこと言ってるんだぁ?抜けるったって、一か月ぐらい先に言うのが社会人としてのルールとかマナーじゃないのんか?」
一気呵成にルルは言う。申し訳なさそうにランスは眉(多分眉だと思う)を潜める。
「いや、前々から言っていたではないか、騎士道精神を学ぶため、世界を見て回りたいと……」
「いや、言ってたよ?言ってはいたけど毎度のこと過ぎてもう『はいはい、いつものね』になってたからさ」
「ほら、実際言っていたではないか、それを冗談だととらえたのはルルのミスであろう!」
「くそ、竜とのレスバで負けそうだ……」
二人でわちゃわちゃと口喧嘩していると、寝付いたはずのガーウィーがのそのそと這い出てきた。
「うるさいなぁ、こっちゃ寝てるんだぁぁよ」
あくび交じりに主張する彼にルルは言う。
「おいガーウィー聞いたか、こいつ恩知らずにも出ていくらしいぞ、騎士道を見つけに行くんだってよ!」
ランスは黙っていたままだった。ガーウィーは眠い頭を振り振りして、
「あぁ、いつものやつかぁ」
とだけ言ってもそもそ穴へと戻っていった。
「ということで、さらばだルルよ」
何が「というわけ」なのかはわからないが、ランスはそれだけ言って夜の闇の中空へ羽ばたいていった。残されたのはルル一人。
「どうすんだよ、ったくよぉ。ウチは双竜の葬儀屋ってやってんのにさぁ」
彼女は別段ランスが消えて寂しがったりはしていなかった。結構な時間同じ家で暮らしてきたとはいえ、そういうところはとてもドライだった。
「ドラゴンでも探しに行くかぁ? えぇ??」
森の奥深く、これからの食い扶持に悩む少女の声が、虫のなく声に混ざって響いた。
