とどかないメリークリスマス

「氷《ひょう》はどんなプレゼントをくれるんだろうな?」

 雪がそんなことを言いながら、笑顔をこぼしていた。

 しかし、その時、氷は死んでいた。

 春人が雪に氷の死という最悪のクリスマスプレゼントを贈るのは、その数十分後のことだった。

___________________________________________________________________________ 

 

「雪、もうクリスマスだな。」

 雪は学校の玄関から見える本物の雪を見つめていた。今年初めての雪だった。

 雪は初雪を見つめながら、春人の問いかけに答える。

「……氷が死んでから、もう5年になるね。」
「そういう話はしない約束だったろう?」
「……そうね。ごめんなさい。」

 春人が雪の顔を覗き込むと、やはり物悲しそうな顔をしていた。

「別に、謝るほどのことでもないんだけどさ。

 もう5年も経ったんだから、少しずつ氷のことをいつまでも引きずらない方がいいって話だよ。」

 5年前のクリスマスイブ、氷は死んだ。

 氷は中学校の屋上から転落したのだ。雪の降り積もる地面に体を打ち付けて死んでしまった。
 
 第一発見者は春人だった。

 雪と氷がまだ一緒でないことを雪から聞いて、何か胸騒ぎがしたのだ。だから、春人は中学校にまで探しに出たら、氷の死体を発見した。幼稚園の時から、氷と雪と春人は幼馴染だった。

 だから、春人にとって氷の死は衝撃的だった。

 真っ白な雪を真っ赤な血で染まっていた光景は今でも忘れることは無い。

「……そうよね。」
「そうだよ。」
「雪が降り始めると、どうしても思い出してしまうの。」
「……。」
「でも、少しずつ忘れることができているような気がする。

 雪はいつか溶けてしまうから……。」
「……時間が解決してくれるよ。

 いつか溶けて無くなるとは言わないけど、少しずつ小さくなっていくものだよ。」
「きっと春は来るわよね。」

 雪は上目遣いで、春人の方を見つめた。雪と春人はしばらく見つめ合うが、先にニヤついてしまったのは、雪だった。

「……ねえ、5年前に氷から受け取れなかったクリスマスプレゼント。

 春人からもらっていい?」
「えっ……。」

 春人は雪の不意打ちな提案に驚いてしまった。

 5年前、雪は氷に向けたラブレターを書いた。

 直接渡すことをためらった雪は、春人にラブレターを託した。雪は氷へと渡して欲しいと頼んできた。春人はその提案を受け入れた。

 そして、春人は氷からの返答として雪にこう伝えた。

 『返答はクリスマスまでにする。』

 氷と雪はもちろん同じ中学校に通っていたので、その日から氷と雪は微妙な距離感ができていた。

 そんな中、氷が贈った雪へのクリスマスプレゼントは、自身の死という最悪なものだった。

「……分かった。考えておく。」

 春人は内心嬉しかった。

 5年前、雪にラブレターを渡された時、自分に宛てられたものだと思っていた。

 だが、実際は氷に宛てたものだった。

 その時は、ジェットコースターのように高く上がっていく幸せを急降下で叩き落された気分だった。

 だから、雪の気持ちに気付かずに死んでしまった氷にはいら立ちすら覚えた。

 氷を失った雪は、見ていられないものだった。

 氷の遺書は見つからなかったから、雪は氷を追い詰めたものだと思い込んで、放っておけば、氷の後を追いかねない状態だった。

 だから、春人は雪を献身的に支えた。

 雪と同じ高校を選んで、5年間ずっと一緒にいれるようにした。雪の心の中の氷が少しでも小さくなるように努めてきた。

 そして、ようやく雪に……

「それと……

 ……今度は春人に宛てたものだから。」

 顔を赤くした雪はポケットから横長の手紙封筒を取り出した。手紙封筒の口はピンクのハートシールが貼られていた。

 春人はその手紙を受け取る。

「クリスマス、楽しみにしてるね。」

 雪は逃げ出すように、玄関を飛び出していった。春人は雪からの手紙を手に持ったまま呆然と立ち尽くしていた。

 春人は雪が完全に見えなくなった後、手紙のシールを剥がす。

 そして、手紙の中身を見る。

___________________________________________________________________________

「死亡したのは、滝野春人。

 この柊高校の3年生ですね。」
「学校の屋上から飛び降りて死亡か。自殺か?」
「ええ、その可能性が高いかと。

 屋上から遺書のようなものが見つかりましたからね。」
「その遺書は今あるか?」
「ええ、少し不思議な遺書ですけど……。」

 部下の刑事は先輩刑事に、横長の手紙封筒を渡した。その手紙封筒にはハートのシールが貼られている。

「遺書がハートのシールか。確かに不思議だな。」
「ええ、そうでしょう。それに、中身も不思議なんですよ。」

 先輩刑事が封筒を開けると、中には少し古びて茶色くなっている手紙が入っていた。

「中身は相当古いものだな。」
「その内容も見てください。」

 先輩刑事は手紙に目を走らせる。

『雪へ

 俺は雪のことが好きでした。でも、雪は春人のことが好きだったんだな。

 これが雪に贈るクリスマスプレゼントです。』

___________________________________________________________________________

 春人は雪からもらった手紙の中身を見て、気が付いた。

 雪は俺が氷を殺したと思っているんだ。

 それは合ってもいないが、間違ってもいない。

 確かに、俺が氷を追い詰めたんだ。

 でも、それは俺に氷を殺そうとする意図があってのことじゃない。

 5年前、雪から氷へのラブレターを貰った時、俺は悔しかった。

 だから、氷へ渡したくなかった。でも、氷に渡さないと、俺は雪に嫌われるだけだ。

 なので、とりあえず、雪にクリスマスまで待ってくれというその連絡を伝えた。

 そして、俺はラブレターを自分の物だけにした。

 別にラブレターでなくとも、氷に口頭で雪の好意を伝えればいいだけだ。

 だから、ラブレターはなくてもいい。このラブレターを自分のものにしてもいい。

 そう自分に言い聞かせた俺はラブレターの最初に書かれている『氷へ』の部分を切り取った。

 これで、手紙は俺のものだ。雪が俺に宛てて出した手紙だ。

 別に、雪と氷が付き合ってもいい。だけど、このラブレターだけは自分で隠し持っていたい。

 俺はラブレターを大事に持っていた。

 しかし、そのラブレターがいつしかなくなっていた。

 学校の机の中に隠していたのだが、なぜか無くなっていたのだ。

 そのラブレターがどこに行ったのか分かったのは、氷の死体を見つけた時だった。

 氷の死体を見つけた後、俺は屋上に登った。そして、俺の作ったラブレターを見つけたのだ。

 そして、すぐに気が付いた。

 氷は俺の作ったラブレターを見て、雪が俺に宛てたラブレターだと勘違いしたんだ。

 宛名の部分は綺麗に切り取ってあったし、俺の机に隠されていたのだから、勘違いしてもしょうがなかった。

 それに、俺が雪の気持ちを最後まで氷に伝えなかった上に、雪から避けられているような態度を取られれば、なおさらだ。

 だから、絶望して死んでしまったのだ。

 そして、この古びた手紙はおそらく氷の遺書だ。

 俺が見つけられなかったものだ。おそらく、これは雪の机の中にでも隠してあったのだろう。

 この手紙を見て、雪は俺が氷にありもしない噂を吹き込んだのだと勘違いしたんだ。

 だから、氷が死んでから5年目になろうとする日に、この手紙を渡したのだ。

 雪は俺が氷を殺した犯人だとずっと思っていたことを突き付けるために。

 俺は雪にすべてを説明したいが、きっと何を言っても雪は信じてくれないだろう。

 だから、俺は雪の望む最高のクリスマスプレゼントを贈ろう。

 俺はそのまま学校の屋上から飛び降りた。

 とても寒い空気が落下する自分に突き刺さる。

 

 結局、俺達3人は自分の思いを互いにに届けられないままだったな。

 サンタクロースがいるなら、

 俺の思いも、氷の思いも、雪の思いもみんなに届いたらよかったのにな。

 
 春人が最後に見た景色は、真っ白な雪に真っ赤な自分の血が染まっていくものだった。

 それは、サンタクロースの服の様だった。

 氷も最後にこの景色を見たんだろうな。

 

 

 でも、俺達の思いを届けるサンタクロースはいなかったよ。

タイトルとURLをコピーしました