その塔は自殺の名所らしい。町外れの、数十年前に何かの記念で作られたとかいう塔。今日もそこから誰かが飛び降りる。理由は誰にも分からない。
◇◇◇
「あの塔からは電波が垂れ流しにされてるの。だからごめん、私、あなたとは付き合えない」
初恋の人は陰謀論者だった。
「その電波は私たちの思考を操っているの。私はいつも干渉阻害水を飲むようにしてるから大丈夫だけどね」
「……」
○○さんがつらつらと語る言葉に、僕は戸惑いを隠せない。何を言っているのか、言葉の意味が理解出来なかったのもあるし、単に僕が知っている彼女とは異なる一面に動揺したというのもある。
「だから、あなたみたいな洗脳済みの人とは付き合えない」
気品があって、賢くて、他のみんなよりずっと大人びていて、僕の憧れだった○○さん。凛と、教室の中で孤高に咲く彼女に僕は自然と心惹かれていた。……はずなのに、今急速に、それは息絶えた獲物に興味を失ってしまう猫のように、僕の心は彼女から離れていく。身勝手な感情なことは理解していたが、抗えないものだった。
「知らないことは罪かもしれないけれど、同時に幸福でもあるのよ? だから私は誰にもこの事実を教えてこなかった。家族にさえもね」
「……じゃあなんで僕に?」
しかも独りでやってるタイプの陰謀論。家族がーとか、宗教がーとか、アドバイザーがーとか、じゃなくて独りで始まって、独りで完結してるタイプの陰謀論者。どうにか言葉を返しながらも、僕の頭の中は誰も知らない宇宙だった。
「たとえ操られた感情だとしても、真っ直ぐ想いを伝えてくれたあなたには私も誠実になりたいから。だから教えた。くれぐれも、みんなには言いふらさないようにね」
そう言って、○○さんはその場を後にした。夕焼けが苛立たしいほどに眩しかった。
なんて変なヤツなんだ、あんなヤツを好きになるなんて僕はどうにかしてた。意味の分からない理由で断って、僕を馬鹿にしやがって。怒りや悔しさのセリフを脳で反復するが、何故か涙は溢れる。ひとつ確実に言えることがあるとすれば、こっちこそあんな変人と付き合うなんてまっぴらごめんだ、ということだけだ。
◇◇◇
「おい○○! 俺たちが洗脳されてるつってたらしいなぁ? 俺らにも特別な水飲ませてくれよ、なぁみんな!」
次の日、学校に行けば、その子は男子に詰められていた。クスクスと、それを女子が笑う。
「ちょっとやめなよー笑 私たちみたいな洗脳済みの人とは○○さん会話したくないんでしょ? 無視してあげなって笑」
取り囲む人の隙間から彼女は僕を恨めしげに睨むので、僕は素知らぬ顔をして端の席に座った。もちろん僕が言いふらしたので、素知らぬ顔は取り繕ったものに過ぎない。僕が、振られた後に紙に書いて学校中にばらまいたのだ。結果として、彼女の強い感情がこちらに向けられるのは悪くない気分だった。
その日以降○○さんは虐められ続けた。初めは言葉だけだったが、そのうち物を奪ったり、壊したり、エスカレートしていく様は面白かった。みんな退屈だったんだ。そして、それ以上に悪意が麻痺していた。
いつからか○○さんは学校に来なくなった。「塔の上から飛び降り自殺をした、喪服の人がいっぱい来ていた」と、彼女の近所に住む奴が教室で得意げな顔をして喋っていた。
その数日後に正式に担任が○○さんの死を発表した。なんでも塔を登っている時に足を滑らせて落ちたとのことだ。実際、いまさら調べられた監視カメラには彼女が毎日のように塔の下まで行っていたのが映っていたらしい。遺書も無かった。塔に登りたくなってしまったんだろう、と、それが大人たちの結論だった。大人の誰も、それは彼女の家族でさえも、彼女が周りから虐められていたことなど知らないのだから。
黙祷の時間があった。誰も真剣ではない、押し殺すつもりもない笑い声が何度が聞こえた。彼女の死を重く受け止める奴も、自分のやった行いを悔い改める奴も居なかった。それは僕も含めて、だ。
きっとみんな洗脳されているんだ。そして、どうやって洗脳から逃げるのか、そのすべは彼女が示してくれた。
◇◇◇
その塔は自殺の名所らしい。町外れの、思考を操るために作られたと噂されている塔。今日もそこから誰かが飛び降りる。理由は判明した。だけど、誰にも止められない。
