さよならボイジャー

 僕のおばあちゃんは旅行が好きだ。小学生の頃は、学校を休んで海外旅行によくついていったものだ。おばあちゃんは大きなスーツケースと花柄のボストンバック、そして肩掛けのポシェットを持って家に迎えに来てくれた。

僕は大学3回になった。大学から始めたサークルの最後の夏が終わろうとしていた時、おばあちゃんが入院した。もう75歳だから不思議なことではないけれど、病院で、おばあちゃんが記憶の中よりも小さく見えたことにショックを受けた。「入院なんてすぐ終わるよ。終わったら城崎に行くからね、暇だったらついておいで。」というおばあちゃんの気丈な感じは変わらないようで安心したが、僕の引退試合があるから無理だという返事は耳が遠くて聞こえないようだった。

それからしばらくして僕は引退し、就活を始めた。ESを提出しては落ちた。周りは引退の前から始めていたようで、僕は遅れをとっていた。受信トレイの「まことに残念ながら」から始まるメールを一括削除しているとき、おばあちゃんからラインがきた。「城崎だぜ」のコメントに添えられた写真には花柄のボストンバックとポシェットを持ったおばあちゃんが映っていた。今朝退院したと聞いていたのになんと元気なばあさんだ。

春になって卒業する4回生のお追い出しコンパの準備と決まらない就活にいそしんでいたところ、おばあちゃんからラインが届いた、今度は白浜にいるらしい。浜辺の写真にはサングラスをかけたおばあちゃんとポシェットが太陽に照らされていた。

「次は何処に行くの」と僕が返事をしてから一か月後、ニュースにおばあちゃんが出ていた。初の高齢者民間宇宙飛行士としてだった。「月に行くが帰ってこないかもしれない。ながい旅行になりそう。そのまま星になったらわらってくれよな。」といつもの口調のまま洒落にもならないジョークを飛ばしている。おばあちゃんは宇宙服に身を包み、両手をぷらぷらさせながらロケットに乗り込んでいった。

次の日のニュースにはおばあちゃんの死を悼む言葉が多く掲載されていた。あのロケットは軌道を外し、月を横目にぐんぐんと地球からも月からも遠ざかっていった。光の早さでこの宇宙を漂っていった。お葬式の時によんだ僕宛の遺書にはこう書いてあった。

 

────ロケットに搭乗するときは遺書をかくんだとよ。実は知り合いに頼んで、月にはいかないようにしてある。お前がこれを読むころには、ほとんど光の速度で地球から遠ざかっているところだろうな。つまり相対性理論によってお前が生きているうちはこのババアは死なないのサ。今までいろんなところをめぐってきたが、一番遠い場所への旅行になるね。さて、孫様よ ババアの葬儀が開催されているだろうがこのババアは死んでいるといえるかね。はたまた生きているといえるかね。難しい問題だが、これだけは間違いない。ババアは老いている。お前を城崎に誘ったとき返事がよく聞こえなかった時、すぐに退院したと思っていたら、もう夏が過ぎていた時にババアは気付いたよ。老いるというのは世間と時間がずれるってことだ。でも、時間は相対的だろう。だったら自分の時間は自分で決めるのがよいと思う。世間に追いつけなくなって老いるよりも、自分の時間を見つけて老いるほうが良いと思わないか。

 てなわけで、ババアは光の速さに近づいてみるとする。お前も良いジジイになれるといいな。─────

 

 一件、就活の面接が通ったところがあったらしい通知が来たが、僕にはその通知音は聞こえなかった。どうやら耳が遠くなったらしい。僕はおばあちゃんのポシェットとスーツケースを借りて、自前のボストンバックに服やタオル、到底読み切れない量の本を詰め込むだけ詰めて空港に向かうことにした。

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