この中に犯人はいない!

「犯人はこの中にいる!」

 そんなミステリーでありふれた言葉が、部屋中に響き渡った。

 探偵は准教授、容疑者は僕と美月と教授の3人。部屋の中には人の出れる脱出手段は1つ。窓は壊れて開かず、換気の窓は開いているが、とても手の届くところでは無いし、人の腕が辛うじて通る程度。

 なので、脱出手段は鍵付きの扉のみ。そして、その扉から入ったのは私たち3人のみ。

 だから、犯人はこの中にいる。

 だが、僕は犯人がこの中にいないことを証明しなくてはならない。

 それも、制限時間はあと20分。

 ああ、どうしてこうなった。

 いや、落ち着いて考えろ! この密室で起きた事件を最初から整理するんだ。

 そして、僕はこの部屋に入った時のことを思い出した。

________________________

 

「君はイーサンハントになれるか?」

 美月はかっこをつけながら、何か変なことを言っている。

「僕はジェームスボンドの方が好きだな。」

 彼女は講義机を平手で強く叩いた。大きな音が講義室に響き渡り、講義室の皆の視線がこちらに集まる。

「真面目な話なんやで!

 君は不可能を可能にできるかと聞いている!」
「不可能なら、不可能だろう。」

 彼女は手を握り締め、講義机に叩きつけようとして止める。

「止めよう。無益だ。」

 彼女は今日、テンションが高い。何かいいことでもあったのだろうか?

 そして、彼女は鞄の中から紙の束を取り出した。

「これは締め切りが3日過ぎた中間レポートだ。これを提出しないと、単位はない。そして、この講義を落とすと、留年が確定する。」

 どうやら、空元気らしい。

「なので、これを教授の部屋に忍び込んで、他のレポートに紛れさせて欲しい。」
「パス。」

 僕は冷たく言い放ち、席を立とうとする。それを彼女は呼び止める。

「ここで帰ったら、私、赤子のように泣くよ。この人の多い講義室で、1人の成人女性が泣くよ!

 それでもいいの?」

 捨て身の脅しだ。彼女は本気らしい。成人女性の大号泣を見てみたい気はするが、僕はその気持ちはぐっとこらえて、立ち止まる。

「分かったよ。やってみるだけやってみる。失敗しても恨むなよ。」

 そして、私は彼女と一緒に課題レポートを出した教授の部屋へと向かった。

 

 

 

「ここが教授の部屋? 天内教授か?

 じゃあ、1年の数学の必修をまだ取ってないのか?」
「そうやで。この後、もう1個、1年の必修あるし。その講義もあと1回遅刻したら、落単やしな。」

 美月がそこまでギリギリの学生生活を送っているとは思わなかった。僕はため息を吐いて、教授の扉のノブに手を掛けた。

 しかし、扉は閉まっている。鍵が掛かっているようだ。

「鍵が掛かってるな。教授は昼ご飯でも食べに行ってるんだろ。」
 僕はそう言って、周囲を確認した。まだ、教授は来ていない。

「来るまで作戦の整理をしよう。」
「そやな。」
「僕達は2人とも質問に来た。

 そして、美月が先に質問を受ける。その隙に僕が課題レポートの提出ボックスを探して、紛れ込ませる。

 天内教授なら、扉の横にある本棚の上に提出ボックスを置いているはずだ。それに、あの教授は紙や本を部屋に積む癖がある。

 だから、積んだ紙の束が死角になって、紛れ込ませることが容易だろう。」
「私に何か用かね?」

 後ろから僕達以外の声が聞こえ、僕達はびっくりし、体をびくつかせた。

 僕達が後ろを振り向くと、いつの間にか、髪をボサボサで寝癖の付いた天内教授がいた。

 教授は、数学科であるのにいつもヨレヨレの白衣を着ている。そして、白衣の腰の辺りは鉛筆の黒鉛で黒ずんでいて、指先や手の側面も同様だ。数学以外は無頓着な性格だ。

「ああ、僕達、数学の質問があって…。」
 僕は美月のレポートを後ろに隠し、そう言った。

「そうか、そうか。

 じゃあ、立ち話も何だから、私の部屋でその質問を聞こう。」

 教授はそう言って、白衣のポケットに手を突っ込み、鍵を取り出した。

 そして、その鍵を扉に差し込み、鍵を開けた。そして、教授は扉を開けて、僕達を招き入れた。

 僕は教授の部屋の中を見て、びっくりした。

 1年前までは紙や本で埋め尽くされていた部屋の中が、きれいに整理されていたのだ。

 目線まで積まれていた紙の束は無く、その代わり、本棚や段ボール箱がいくつか置かれていた。

「……教授の部屋、きれいになりましたね。」

 僕は内心、死角が無いことを疎ましく思った。
 
「ああ、最近、大学はペーパーレス、ペーパーレスうるさいからね。少し整理したんだ。それに、紙や本が崩れてきて危なかったしね。」

 幸い、レポートボックスは、扉のすぐ横の本棚の上には置かれている。

 しかし、これでは教授が美月の質問対応をしている間、レポートを紛れ込ませていれば、丸見えだ。

 何とかできないこともないが、かなりリスクは上がった。

「それで、質問っていうのは何だね。」

 僕は、美月に目配せして、先に質問対応を受けるように合図を送った。

「あっ、じゃあ、私から、

 あのー、講義のここなんですけど……。」

 そう言って、彼女はできるだけ、教授に近づき、教授の視界を狭めた。

 僕は彼女の意図を汲み取り、その隙に、レポートボックスを物色する。

 しかし、重大な事に気が付く。

 レポートには受取の判が押されているのだ。

 この判は、日付けが書かれており、偽造は難しいものだった。

 つまり、美月の課題を紛れ込ませることは不可能なのだ。

 美月は何とか時間を稼いでいるが、時間ではどうしようもない問題である。僕は両手を挙げて、降参した。

「……という訳で、ここの答えはこうなるのだよ。」
「あ、あー。なるほどー。」

 美月は適当な相打ちで、質問を終えた。

「それで、君の方は?」

 僕は質問を用意していなかった。僕は周りを見渡して、質問を探す。

 すると、連続体仮説という本の題名が目に入る。

「れ、連続体仮説!

 ……について、詳しく聞きたいです。」

 すると、教授は一気ににこやかになる。

「おおっ!!

 君も連続体仮説が好きなのかね?

 実は、それは私の研究分野でね! いやー、そんな学生を待っていたんだよ!

 じゃあ、まず、ゲーデルの第一不完全性定理の話から…。」

 僕は意味不明な言葉が出てきて、教授の地雷を踏んでしまった。と思った時だった。

 部屋の扉が開いた。

 その後、部屋の中に佐藤准教授が入ってきた。准教授は、天内教授と同じ数学の研究者だ。

「どうしたのかね? 佐藤君。次の講義に向かったのではないのかね?」
「はい、そうなんですが、先程お邪魔した時、忘れ物をしまして。」
「ほう、それは何だね?」
「次出す論文が入った銀色のUSBメモリー何ですけど、確か、教授の机に置かれている鍵入れに置いたと思うんですよね。」

 それを聞いた後、教授は机の上の皿のような鍵入れを見るが、そこには部屋の鍵しか置かれていなかった。

「無いね。ここ以外に忘れたんじゃ無いのかね?」
「……いや、それは無いです。ここの部屋で、教授に論文を見せた時、絶対にその皿の上に置きました。」
「と言っても、無いしね。

 確か、その論文を見た後は、一緒に部屋を出た。そして、私は昼飯を食べてから帰ってくると、この2人の質問対応をした。

 そして、その質問対応の途中に、君が帰ってきた。

 で、皿の上にUSBメモリーは無かった。

 ということは、最初からここに、USBメモリーを置き忘れたんじゃないってことだろう?

 だから、君は勘違いをしているよ。」
「いや、置きました! 私は忘れ物をする事はあっても、記憶には自信がある。私はその皿の上にUSBメモリーを置いた後、部屋を出た。

 そして、今さっき、USBメモリーをこの部屋に忘れている事に気がついた。これは確実です。」
「じゃあ、君の言う通り、この皿の上に置いたとしよう。君と私がこの部屋を出た後、私はこの部屋を施錠した。

 そして、この2人の学生の質問対応をするまで、この部屋は鍵が閉められたままだ。窓は君も知っての通り、壊れていて、全く開かない。

 第一、開いた所で、ここは3階だ。人が登れる高さじゃ無い。つまり、誰も入ることの出来ない密室だ。

 そんな中で、USBメモリーが1人でに歩いて、どこかに行ったと言うのかね?」

 教授の言っている事はごもっともだ。密室空間でUSBメモリーが勝手に無くなる訳が無い。

 なら、准教授の思い違いの可能性が高いのだ。

「しかし…。」

 准教授は黙った。

「あのー、そろそろ私、次の講義があるので、抜けていいですか?」

 美月が恐る恐るそう言った。次の講義に遅れれば、落単になるからだ。

「駄目だ!

 そうか、そうか! 分かったぞ!」

 准教授は何かをひらめいたようだった。

「密室でも、鍵が開けられた後なら、USBを盗み放題だ。つまり、私のUSBを盗み出した……、」

 僕は次に准教授が言い出しそうな事を予見して、恐怖する。

「犯人はこの中にいる!」

_________________________

 と言う訳で、僕達は容疑者にされてしまった。まあ、本当に准教授が皿の上にUSBを置いたのなら、僕達3人のうちの誰かが犯人と疑ってもしょうがない。

 なぜなら、ここは密室だ。扉は鍵が掛かっており、窓は元から開かないし、換気の窓から侵入は出来ない。

 かと言って、僕達3人がUSBを盗むために怪しい行動もしていない。

 やはり、准教授の記憶違いとしか考えられない。

 しかし、准教授は部屋中の紙の入った箱や本棚を一つ一つチェックしていた。

「おいおい、そんなところに隠した人はいなかったよ。」
「いいや、3人が口裏を合わせていないとも言い切れない。」
「そこまでして盗むのか?」
「あの論文は、世紀の大発見だ。あなたも喉から手が出るほど欲しがるほどのものだろう。だから、3人で口裏を合わせて、盗んだんだ!

 だって、それしかないだろう。その可能性しか無いのなら、あなた達を縛る理由になるはずだ。」

 今の准教授は正気ではない。元々おかしい人なのかもしれないが、必死に考えた論文が無くなったともなれば、そうなるのかもしれない。

 そして、その准教授の圧は、とても僕達が抜け出せる状況ではない。次の講義まで20分。それまでにどうにか、僕達が犯人でない証明をしなくてはいけない。

 僕はまず、開かない窓を見た。

 僕が窓を開けようとする。しかし、ガタガタと揺れるがそれ以上開く気配は無い。

 どうやら、窓枠が外側に曲がっていて、うまく開かないようだ。

 そして、窓のサッシの下側には、なぜか茶色い毛がほこりになって、挟まっている。

 教授も、准教授も黒髪だから、髪を染めた学生のものだろうか?

 さらに、窓枠を見ると、窓のサッシの端は黒ずんでいる。どうやら、教授の黒鉛で黒ずんだ指紋が写っているようだ。全ての指の指紋がそこら中に残されている。

 そして、窓の外を覗くと、2階の屋根が有る。ここなら、人間は乗れそうだが、窓が開かない事にはどうしようもない。

 それに、屋根は細く、足を横にしてやっと渡れる程だ。ここにもヒントはないかと思ったが、屋根の端にあるものを見つける。

 裏が白い葉っぱだ。

 そういうことかと僕は手を打った。そうすると、美月がこちらに寄ってくる。

「もしかして、解けた?なら、早く謎解きしてよ。後15分で留年やで!」
「ああ、分かってるよ。

 だが、1つだけ確認したいことがある。」
 僕はそう言って、教授に話しかけた。

「教授、あの換気の窓はずっと開いているんですか?」

 僕が教授にそう聞くと、教授は驚いたように換気の窓を見る。

「……えっ! 何で開いている!」

 やはり、図星だ。

「ああ、それ私です。少し教授の部屋が埃っぽかったので、開けておきました。」

 准教授がそのように言った。

「そっ、そうか……。」

 教授は急に冷や汗をかき出した。教授は焦っている。

「やはり、確信した。

 犯人はこの中にいない!」

 先程カッコつけていた准教授に目に物言わそうと、その言葉を発したが、皆がポカンと口を開けて、静まり返っているので、随分恥ずかしい。

「えー、時間がないので、結論から言いました。もし、これで准教授が諦めてくれるなら、話が早いのですが?」
「それは無理だろう。」
「そうですか。

 でも、犯人はこの中にはいません。私達はこの部屋に入ってから、誰もその皿からUSBメモリーを盗った人はいませんでした。

 だから、この中には犯人はいません。」
「それは口裏を合わせればいくらでも…

 いいか、その前に忠告だ。

 君は、悪魔の証明を知っているか?

 あるという証明は簡単でも、ないという証明は難しいという真理だ。

 つまり、この部屋の中に犯人がいない証明は難しいのだよ。」
「そんな事はありません。

 今回の事件のUSBメモリーがこの世に1つと言うことなら、証明は簡単です。」
「どう言うことだね?」
「外にUSBがあることを証明すればいいんです。」
「はぁ? だから、この部屋は密室だろう?

 なら、誰がこの部屋からUSBを盗み出す?」
「いいや、密室じゃありません。だって、あそこが開いているじゃないですか。」
 僕はそう言って、換気用の窓を指差す。

「ハハハ、あの人間の腕しか入らないような窓から犯人が出入りしたと言うのかね?」
「はい、その通りです。犯人はあの窓からUSBをまんまと盗み出したんですよ。」
「そんな訳がなかろう。犯人は小人か?」
「ああ、1つ間違えました。犯人という言い方は正しくない。

 犯猫という方が正しいでしょうか?」
「?」
「猫ならば、あの窓を通ることができるでしょう。」
「いや、そんなことが…」
「あり得ます。

 もし、猫が偶然この窓の中に入ってきたならば、猫は真っ先にこの机の上の皿を見たでしょう。

 皿の上にはメタリックな銀色の物が置かれている。猫が魚と勘違いしたと考えても不思議じゃありません。」
「しかし、そんなことが…。」
「なら、確認してみてください。確か、この建物周辺には監視カメラが仕掛けられているはずです。

 なら、監視カメラにあなたのUSBを咥えた猫が写っているはずですよ。」
「そんな馬鹿なことを言って…。」
「いいや、馬鹿なことでも、1つの可能性ですよ。あなたはさっき言いましたよね、可能性がそれしか無いのなら、僕達を縛る理由になると。

 僕達をこれ以上拘束するなら、この可能性を消してからにしてください。そうでないと、僕達は帰りますよ。」
「分かった。

 監視カメラをチェックしてくる。その間には職員を監視に付ける。無闇な行動をするなよ。」

 そう言って、准教授は部屋にある電話で、職員室に電話をかけ、事情を話す。

 しばらくして、職員が部屋に来て、見張りをした。職員は困惑していたが、ちゃんと准教授の言う通りに、僕達を見張っていた。

 

 次の講義まで、あと5分。講義はこの棟だから、2、3分もあれば間に合うだろう。

 そんなことを考えている時だった。准教授が監視カメラの確認を終えて、部屋に戻ってきた。

「君の推理は正しかったようだ。

 本当に申し訳なかった。」

 准教授はそうやって頭を下げると、そそくさと部屋を去った。おそらく、猫探しに出かけるのだろう。

 そして、何だったんだろうと言う顔で見張りの職員も帰って行った。

 僕はそれを確認すると、呆然としている美月の背中を押した。

「ほら、早く行かないと、もう1年だぞ。」
「でも、猫が盗んだなんて、そんなこと有り得るの?」
「あるも無いも。准教授が謝ったってことは、このUSB窃盗事件は、猫の犯行だったんだろう。

 今必要なのは、美月はこの部屋から解放されたという結果だけだよ。」

 美月は、僕の説明に納得していなかったが、次の講義が迫っていたこともあって、部屋を飛び出して行った。

 僕と教師だけがこの部屋に残される。先に口を開いたのは、教授だった。

「いやー、偶然もあるもんだね。次からは換気の窓は閉めておくようにしよう。」
「……そうですね。

 もし、それが偶然ならばね。」

 僕はしらを切るつもりの教授に追い討ちをかけ始める。

「……どういうことかな?」
「それじゃあ、今からは猫が盗んだという結果の話ではなく、原因の話をしましょう。

 もちろん、あなたはその原因を知っているでしょうがね。」

 僕はそう言って、部屋の扉を閉めた。

「……何のことだね?」

 教授は少し動揺した口調でそう言った。

「では、原因を説明しましょう。

 まず、大前提として、いくら高所が好きな猫と言えど、この部屋の3階まで何も無しに登ってくるとは思えません。

 そして、3階まで登り、偶然、教授の部屋の換気窓から入って、偶然、教授が外にいる短い時間で、偶然、皿の上にあったUSBを持って行った。

 いくらなんでも偶然が多すぎます。」
「そういう可能性も0とは言い切れないだろう。」
「そうですね。

 ですが、この現場の状態から考えて、それ以外の可能性の方が高いんですよ。」
「その可能性とは何だね?」
「教授が猫をこの部屋に、定期的に呼び込んでいた可能性ですよ。」
「……ハハハ、面白い。

 そう言うからには、証拠はあるんだろうな。」
「ええ、証拠は沢山ありますよ。

 まず、この部屋に猫が定期的に来ている証拠から。

 窓枠に茶色い猫の毛が絡まっています。

 よく考えれば、人の毛は部屋の隅や洗面台に溜まるなら分かります。

 しかし、窓枠に沢山溜まるなんてことはありません。せいぜい溜まって、ホコリくらいなもんです。

 おそらく、あなたはその窓が開いていた頃はそこで、猫に餌をやっていたのでしょう。だから、猫の毛が窓枠に溜まっていた。

 そして、次に、この教授の部屋は1年前まで紙や本が天井高くまで積み上げられていました。

 でも、今は片付いている。なぜ、窓枠の掃除もろくにできない人間が、あの紙の山を片づけようと思ったのでしょう?」
「ペーパーレスと言っただろう。」
「いいや、違います。

 ペーパーレスなら、今、あなたの手は黒鉛でそのように汚れません。あなたは未だ紙を使っている。なのに、紙の山を片付けた。

 なぜか?

 猫に積み上げた紙の束を倒されたくなかったんだ。

 猫を飼っている人の家には、花瓶がないそうです。

 なぜなら、猫に花瓶をよく倒されるから。

 あなたもそう言う理由だったんじゃないですか?」
「机上の空論だな。」
「ええ、そうですね。

 では、次に、あなたが猫をこの3階に呼んだ方法についてお話ししましょう。

 それは、窓の奥の屋根に置かれたマタタビで、猫を誘き寄せたんです。

 もちろん、猫がマタタビが好きなことはご存知だと思います。

 しかし、この大学構内には、マタタビなんて生えていません。ですが、窓の外の屋根には、裏が白い葉、つまり、マタタビが置かれてあるんです。

 なぜか?

 あなたがマタタビを置いたんです。

 証拠はあります。それは、窓についたあなたの指紋です。」
「何を言っている?窓の指紋なんて、窓を開ければいくらでもつくだろう?

 それに、窓に指紋がついていたところで、それで私がマタタビを屋根の上に置いていたなんて事の証拠にはならない。」
「いいえ!なるんです。

 よく考えてください。あなたは窓を開ける時、親指の指紋がつきますか?」
「……。」
「まぁ、いいでしょう。仮に、窓を開ける時に、親指の指紋がついたとして、そのように、逆さまに付きますか?

 いいや、付きません。

 では、どのような時に、親指の指紋がそのように逆さにつくか?

 窓の外に身を乗り出し、体を窓枠で支えている時ですよ。

 マタタビを屋根のあの位置に置くには、窓から相当手を伸ばさないといけません。となると、窓から下に落ちないために、窓枠を掴んでおくでしょう。

 そう、親指を逆さにしてね。

 そして、その窓枠はあなたがマタタビを置くたびに、支えとして使われていたので、段々と窓枠は曲がっていき、最終的には開かなくなった。

 普通、窓枠が曲がって開かなくなるなんてありません。

 何か、力をかけていない限りね。

 では、教授の部屋に猫が入った理由をまとめましょう。

 教授は猫を部屋に呼びたかった。

 なぜなら、外で猫を可愛がっているところを見られるのは嫌だし、第一、大学構内での猫への餌付けは禁止されている。

 だから、教授はなんとかして、猫をこの部屋に呼びたかった。だから、屋根にマタタビを設置し、猫が来たところに、餌をやった。

 そして、推測ですが、餌はめざしなどの銀色の小魚をUSBの置かれていた皿で提供していた。

 そうなれば、今回の事件は限り無く必然的になります。

 猫はいつも通りに、教授の部屋に餌をもらいに行こうとする。

 しかし、いつもの窓は開いていない。でも、窓越しに、いつもの皿と餌のような銀色のものが見える。

 なので、猫は開いていた換気窓から部屋に侵入し、皿の上の銀色のUSBを咥える。そして、換気窓から脱出する。

 これが、猫が教授の部屋から准教授のUSBを盗んだ理由です。」

 教授は負けたという表情で、椅子に座り込んだ。

「……その通りだ。

 私はこの部屋で、猫を呼んでいた。」
「なぜです?」

 教授はしばらく考えてから、口を開いた。

「確か、連続体仮説とは何かという質問の途中だったね。」
「……?」

 僕は、記憶の彼方でそんな話をした気がした。

「その連続体仮説は、ざっくり言うと、高校数学で言うところの命題の話だ。

 しかし、高校数学と大きく違うところは、その連続体仮説が真か偽かが不明であることだ。

 意味が分からないだろう? 

 言わば、今回の場合で言うと、この中に犯人がいるかいないか分からないってことだ。

 猫が盗ったのかも、私達が口裏を合わせたのかも分からない。

 そういう証明不可であることだ。

 この世には、嘘か真かの2つしかないはずだと思っていたのに、その2つのどちらでもないものが存在するんだ。

 そして、私は最近、そのことが現実世界でもあることを知った。

 なぜ、私はただの野良猫を愛したのか、いつから愛し始めたのか、その猫を愛する理由は?

 その全てが真偽不明だ。

 だから、私は君のように論理立てて、君が聞きたかった理由を話すことができない。」

 教授はそう言って、窓の外の空を見ていた。

 構内を歩く野良猫達に心奪われた理由を遥か彼方の空へと探しているようだった。

「……教授。それでですね。頼みたいことがあるんです。」
「何だね。」

 僕は後ろに隠し持った美月のレポートを教授の机に置く。

「このレポートを受理してほしいんです。」

 教授は驚いた顔をした後、何かを察したように笑った。

「君は交渉が上手だね。

 だから、君は私が猫をこの部屋に招いていたことを准教授達の前で言わなかった訳か。」

 僕はにんまりと笑い返す。

「ええ、ある意味でラッキーでした。こうでもない限り、締め切りを過ぎたレポートは受理されませんからね。」
「つくづく賢い学生だ。

 だが、そんな君がレポートの締め切りを忘れたのかね。」
「いいえ、これはきっきの女生徒のものです。」

 教授はレポートを受け取り、名前を見る。

「なるほど、君にも愛する者がいるのだね。」
「そこは、真偽不明とさせていただきます。」

 僕がそう言うと、教授はクスリと微笑んだ。そして、教授は机の引き出しからハンコを出し、日付を戻して、ハンコを押した。

 レポートには、3日前の日付が書かれていた。

「ありがとうございます。」

 僕はそう言って、教授の部屋を出た。

 そして、部屋を出た後、すぐにスマホを取り出して、美月のラインを開き、メッセージを入れる。

 

 

 

【ミッションコンプリート

         byイーサン・ハント】

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